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ドルチ 〜ダイ・ハード・ザ・キャット〜





短編集「死刑執行中脱獄進行中」に収録されている読み切り作品です。「MANGAオールマン」1996年11号・12号に掲載されました。
この作品を言い表すならば、「狂気」の一言に尽きるでしょう。見渡す限りの大海原に、ポツンと取り残された座礁船。そのヨットの上で繰り広げられる、1人の男と1匹の猫の生存を懸けた戦い。極限状態に置かれた人間の心理と行動の恐ろしさが描かれています。逃げ場もない、食料も水もない、助けも来ないというナイナイ尽くしの状況じゃあ、誰でもおかしくなってしまいそうですが。たかがアメ玉1個がキッカケとなった滑稽さが、妙にリアルで怖いですね。



この「ドルチ」に登場するキャラは、ドルチと愛子 雅吾(あやし まさご)の2名のみ。舞台は座礁したヨットのみ。ストーリーも「喰うか喰われるか」のみ。設定は実にシンプルなものです。
荒木先生の読み切り作品というのは元々、壮大なスケールだとか果てしない物語だとかとは無縁の、ごくごく小規模で単純極まりない話がほとんど。だからこそ、深〜く濃〜く描く事が出来ます。ページ数が限定されている以上、ストーリーや舞台も限定されていた方が盛り上がるって訳です。
この作品もあらゆる余計な情報や設定は省き、ひたすらサスペンスを描き切っております。そのサスペンスを生み出した要因であり、最大の見所でもあるのは、何と言っても雅吾のイカレっぷりですね。メソメソ泣いてると思ったら、「建築士よりファッション・デザイナーにでもなった方がいいんじゃねーか?」くらいの腕前でドルチの服を作ってみたり、石仮面を被らずして脳に秘められた力を引き出してしまったり。それはもう、ものすごいヤンチャぶりでした。
自分以外のものを「食い物」としてしか見ておらず、自分の指を切り落としてまでドルチを喰らおうとした雅吾の執念。それはそのまま人間の生への執念でもあるのでしょう。彼もまた、トコトン前向きな荒木キャラの1人でした。

一方のドルチは、熱すぎる程に熱い雅吾とは逆に、至ってクールで知的。雅吾特製のファッションも相まって、なんか敗北感を抱くくらい決まってます。こいつは何者なのでしょうか?人間である雅吾が獣と化し、猫であるドルチに人間らしい知性を感じるってのも皮肉な話です。
ドルチがいきなり人語を話した時はビックリすると同時に、ゾッとしました。死に際に聞こえた雅吾の幻聴だったのか、ドルチがスーパーキャットだったのかは、我々は知る由もありません。そんなミステリアスで不条理なラストも、「狂気」に満ちたこの作品には絶妙にマッチしています。



荒木先生の猫嫌いは、ファンにとってはもはや周知の事実でしょう。荒木作品に登場する猫は、まずロクな目に遭いません。この「ドルチ」が描かれたそもそものキッカケも、猫大好きの編集者へのイヤガラセだった程です。
しかし、その割にドルチはカッコ良く描写されているし、ついには無事に生還を果たすなど、荒木界の猫にしては前代未聞の優遇っぷり。実はドルチが食い殺されるオチだったのに、猫好きの編集さんが泣いて抗議したのではなんて邪推もしてしまいます(笑)。とにかく、一応ハッピーエンドです。最後のシーンでは、ウミネコ達の鳴き声と共にドルチの声も聞こえてくるようでしたね。




(2004年2月13日)




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