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フジコの奇妙な処世術
― ホワイトスネイクの誤算 ―





「ウルトラジャンプ」1月号(2022年)に読み切りとして掲載された、「ジョジョ」第6部のスピンオフ作品です。作者は藍本松氏。漫画「怪物事変」の作者さんでもあります。
荒木先生とは似ても似つかぬ可愛らしい絵柄で、まさにコミカルキュートな作風。固っ苦しいところが一切なく、小難しい事考える必要もまったく無く、頭からっぽで気軽に読めるのが良いですね。こういうアホでエロくて、後に何も残らない作品って楽しいもんですよ。「惰性67パーセント」みたいな。それをあえて「ジョジョ」でやるというギャップも面白い。
ただ、それが賛否を分けそうな予感はしますね。「ジョジョ」や荒木先生を特別視・神聖視するファンの中には、やれ「汚されたー!」「許せないー!」「解釈違いだー!」と攻撃的になる人もいそうで怖いなぁ。私も特別視・神聖視はしてますけど、だからこそあまりにも別格になり過ぎてて、誰が何をしようが揺らがないって感じになっちゃってますからね。別物と割り切って楽しむ余裕を持つのが一番ですよ。
とにかく徐倫がエロ可愛い。戦士じゃなく、年相応の女の子で。いろんな表情の徐倫が見られるだけでも、この作品の価値はあります。これにはアナスイも大喜びでしょう。しかも、やってる事自体はアホでも、意外とちゃんと「ジョジョ」の構成や流れを上手に落とし込んでいるので、漫画としてのまとまりがあるんですよね。


ストーリー的には、たぶんミラション戦の直前か直後にあたる時期に起こったであろう、オインゴ・ボインゴ戦のようなエピソード。承太郎の「スタンドDISC」を奪い返すべく、徐倫に刺客を送り込む『ホワイトスネイク』でしたが……、めちゃんこ期待外れで「なかったこと」にされちゃったスタンド使いのお話です。6部アニメが配信されたばかりなので、タイミングも完璧(笑)。
スタンド使いの名は、「フジコ」こと藤山富士子。24歳。日本生まれのアメリカ育ちで、子どもの頃から絵を描くのが病的なレベルで好き。スタンドは『バッド・ロマンス』。レディー・ガガの曲名が元ネタです。フジコの「絵」を受け取った者の精神状態をコントロールする能力。この能力だけを見ると、ちょっとヤバいくらいの強敵になりそうなんですが、彼女はなんと「春画」描きだったのです!フジコは徐倫の「春画」を描く!そのせいで、徐倫の性欲が爆発ッ!ムラムラが止まらないッ!素晴らしくアホな展開になりました。
オチもまたアホ全開です。自分の絵を初めて「必要なもの」と褒めてくれた徐倫。フジコは徐倫への想いをこじらせるあまり、ついに「性愛」ではなく「信仰」となり、「春画」ではなく「宗教画」を描き始めたのでした。そのため、徐倫の性欲も収まり、悟りの境地へ。大慌てでプッチが「DISC」を抜き取り、能力を封印したのでした。徐倫の精神の成長のキッカケの1つになってしまったかもしれない……という匂わせも、取って付けたようなシリアス要素で「ないない、それはない」ってツッコミたくなります。「ザ・ニュー徐倫…??」というラストのアオリもクスッとさせられました。
とは言え、オタクの推しへの感情がそのまんま描かれてるので、フジコに共感する部分もしっかりあるんですよね。それこそ、さっきも書いた通り、私も「ジョジョ」や荒木先生を特別視・神聖視するに至っちゃってるワケですから。そりゃあ、推しは尊いよね。うん、分かるよ。

あと、わざわざ小難しい事考える必要も無いと言っておきながら、気になった点が少し。
徐倫のひとりエッチの話を聞いたのが、F・Fは「エートロの記憶だけど」と言ってますが、どーゆー事?エルメェスがエートロ本人に話していたとも思えない。普通にエルメェスがF・Fに話したというのではダメなんでしょうか?
それと、プッチは聖母マリアに対して「様」を付けて呼んだ方が、もっと「らしく」なります。実際、ケープ・カナベラルでもそう呼んでたし。徐倫達3人娘がスゴく「らしく」描かれていたので、ついついこんな細かいところまで気にしてしまいました。


―― 激しいバトルの合間の些細なエピソード、イイですよね。6部のスピンオフ自体、これが初と言っても良いぐらいですから、6部の波が来てる今のうちにもっと供給してほしいところです。刑務所という舞台、「DISC」という設定があれば、いくらでも作れるはず!勝手に期待してます。




(追記)
「「ジョジョ」や荒木先生を特別視・神聖視するファンの中には、やれ「汚されたー!」「許せないー!」「解釈違いだー!」と攻撃的になる人もいそうで怖いなぁ。」……と書きましたが、その悪い予感は的中!Twitterでちょいと炎上し、作者である藍本氏に直接暴言をぶつける不届き者が続出しました。そんな下衆なマネをして、「ジョジョ」や荒木先生を侮辱してるのはどっちだよと言っておきましょう。実写映画の時も、山﨑賢人さんに攻撃してる無礼な輩がいたからなぁ。そういうのはマジやめろ。
そもそも漫画にせよ小説にせよアニメにせよ、また、公式にせよ非公式にせよ、他人の作ったスピンオフが荒木先生の描く「ジョジョ」そのものになんてなるワケがありません。どうあれ、そこは「別物」とキッチリ割り切らないとダメです。今作「フジコ」に文句言ってる人には、逆に、フーゴを描いた2本の小説「ゴールデンハート/ゴールデンリング」と「恥知らずのパープルヘイズ」の連続性・接続性とか、さらにアニメ版との過去の相違とか、伝説の奇書「JORGE JOESTAR」の存在とか、どう折り合いを付けているのか訊ねたいもんですね。今までの公式作品ですら、「正史」として位置付けるには無理があるものばっかなんです。荒木先生自ら描かれたスピンオフですら、本編との繋がりがあるのは「懺悔室」と「デッドマンズ・Q」くらい。だったら、いちいち殺気立って争わず、軽い気持ちで楽しむなり、イヤなら無視するなりすりゃあイイだけですよ。


徐倫のアヘ顔でギャーギャー騒がれているようでしたけど、そのほとんどの人が作品を読んでもいないんでしょうね。私個人としましては、徐倫の様々な表情こそがこの作品最大の魅力だと思っているんですがね。直接的なエロを描かずに、表情だけで「エロス」を表現している。だから下品にはなっていない。それが藍本氏のこだわった部分なんじゃないかと思います。
そりゃあいくら私だって、徐倫が安易に脱いで裸になったり、マスターベーションやらエッチやらおっ始めたりしようもんなら、さすがに「オイオイ待てや」とドン引きするかもしれません。でも、今作はそうじゃないんです。徐倫を誰かと絡ませる事も、服1枚たりと脱がせる事もしていないのです。ただただ、表情でエロい。……と言うか、エロに限らず、全編に渡って徐倫の顔が好き。ちゃんと感情が乗ってる。百花繚乱・千変万化、徐倫の表情と感情を堪能できました。
徐倫でエロを描いてほしくないって人もいるでしょうが、「エロス」はむしろ、最近の荒木先生が目指していた方向性ですからね。増してや、青年誌のウルジャンに掲載されるとあっては、そっちを追求するのは自然な流れ。本編で描けなかったものを描くというのは、スピンオフの大きな意義なのです。

まぁ……、徐倫がひたすら振り回された挙げ句、フジコが勝手にこじらせて終わりという話なので、そこはちょっと物足りなさがあります。ページ数の都合もあるんでしょうし、徐倫も気付かぬうちに解決っていうオチだからこそ良いとも言えるんですけども。
ただ、せっかく盛り上がってる時に、徐倫とフジコが完全に分断されちゃってたのはもったいなかったかも。例えば、徐倫の様子が見える場所でフジコが絵を描いているだけでも、かなり違ってくるんじゃないかと。どんどん昂ぶる性欲に、徐倫があの手この手で耐え抜き、必死に抗う姿を目の当たりにする。そんな彼女に心を揺さぶられ、とうとう神聖視する。……こういう展開なら、徐倫とフジコに相互関係が生まれてきて、徐倫の気高くカッコイイ姿ももっと描けたはずだし、フジコの心変わりにももっと納得できたでしょう。もっとも、それじゃあスタンドバトルになっちゃって、バカバカしいギャグとして成立しなくなっちゃうのかもしれませんね。
とにかく!私はこの作品を楽しめたという事は、声を大にして言っておきますッ!




(2021年12月18日)
(2021年12月22日:追記)




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