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岸辺露伴は動かない
エピソード#05 富豪村





2012年10月6日発売の「週刊少年ジャンプ」第45号(2012年)に掲載された、「岸辺露伴は動かない」シリーズ第3弾!「六壁坂」から5年振りの新作であり、8年振りに「週刊少年ジャンプ」に掲載された荒木作品でもあります。「SBR」2nd.STAGE中盤にて、唐突に姿を消して以来か〜。ジャンプをめくった先に荒木作品がある……、なんとも懐かしい感覚です。
カラートビラ絵は、グッチ顔負けのシャレオツなファッションで決める露伴!そして、何故か彼になついているっぽい、愛らしい6羽のヒナ鳥。光か水が落ちてきたかのような背景も、露伴降臨!!とでも言わんばかり。この絵を見ただけでテンションが上がり、ワクワクが溢れ出して来ます。



読者への挨拶代わりに、漫画を描く前の「準備体操」をいきなり披露してくれる露伴。つかみはOK!これなら何の予備知識もない人が読んでも、1ページ目で「ん?誰だ?何やってんだ?」と興味を引かれ、2ページ目で「ああ、この人は漫画を描く人なんだ」ととりあえず理解も出来ます。でもコレ、実際にやってみるとキツイっスね。腕つりそー。きっと荒木先生も、この準備体操が日課なんでしょうね。
――それはさておき、場面は屋外のカフェ。露伴と編集者が打ち合わせをしています。編集者は貝森 稔くん……ではなく、泉 京香(いずみ きょうか)ちゃんという25歳の女性(元ネタは小説家の「泉 鏡花」)。ちょっと厚めの唇と、無邪気で脳天気そうな性格がチャーミングです。そんな彼女、読み切り短編の取材も兼ねて、とある山奥の別荘を買う話を切り出してきました。しかし、露伴は山を買って破産したからと、露骨に迷惑そうなリアクション(笑)。どうやら「六壁坂」からさほど経っていない頃の話みたい。まさかまだ康一くんちに厄介になってるんじゃあ?
……ただ、後で判明しますが、この話の時代は2012年らしいのです。だとすると、露伴の年齢が「ジョジョ」とは一致しなくなる。また、「ジョジョ」世界ならば、時の加速⇒宇宙一巡が2012年3月に起きるはず。でも、夏の終わりの読み切り短編の締め切りや、2012年5月21日の「金環日食」が話題になっています。恐らく、初夏〜真夏くらいの話なのではないかなと。こりゃあ「動かない」シリーズも、「ジョジョ」世界のパラレル・ワールドと受け取った方が良さそうです。

まあ、そんな細かい事はともかく……、京香ちゃんが言うのは、露伴が別荘を買うって話ではない様子。あくまで自分がプライベートで購入するのを取材してほしい、という話でした。もちろん露伴が絡んでしまう以上、普通の別荘のはずがありません。その別荘がある場所は、杜王町から北西80数kmの山奥の村。ところが、村に続く道路もなければ、送電線の一本も引かれていないというのです。つまり、完全に外界から遮断された村。しかし、その村にある11軒の家々は、どれもが超豪邸!なんとヘリやセグウェイで移動してるっぽいし、プールやテニスコート、挙句の果てには「伊勢丹」まで完備ッ!
彼女はさらに色々調べていたらしい。11軒全てが世界的な大富豪の別荘で、しかもどういうワケか、その全員が25歳の時にこの村の土地を購入していたとの事。そして、彼女もちょうど25歳!「25」という数字に意味があるのかは不明ですが、「ジョジョ」25周年にちなんだのかな?
800坪の土地がたったの300万円で売りに出されているようで、これは何か裏がある。しかし、この謎だらけの村に好奇心が刺激された露伴は、なんだかんだ言いながらも、取材に行く事に決定したのでした。果たして、この「幸運の別荘」の正体とは!?




さすがの集英社もヘリまでは用意できなかったのか、2人は歩いて山を登り、村を目指します。やがて、険しい自然の中、ついに村の入口らしき人工物が姿を現しました。このシーンのオオオオオオオオオオって擬音、ゴゴゴドドドよりも好きなんです。「ジョジョ」でも、4部で『キラークイーン』が空気弾をブッ放す時とか、6部のラング・ラングラー戦で真空状態になった洗濯場とかで使われていましたけど。なんというか、空気の静かなうねり荒涼感みたいのがあって、イイんですよ。
さて、こんなギリギリのタイミングで、京香ちゃんが重要な事を教えてくれました。この村の住人はマナーを重んずるらしく、マナー違反をする無礼者には決して土地を売ってはくれないとの事。相手への敬意とマナーなんて、露伴とは対極的なもの。彼女もやっぱり不安を覚えたようで、露伴に釘を刺します(笑)。だったら言い忘れたりしないで、事前にみっちりマナーの勉強でもしとけば良かったのに。でも露伴も、マナーの「知識」だけは少しはあるみたい。敬意はこれっぽっちもなくても、外面だけ合わせる事は出来るかも?
と、そこに1羽のヒナ鳥の姿を露伴は発見。木の上の巣から落っこちちゃったようです。このままだと、何も食べれられずに衰弱死したり他の動物達に食べられたりしてしまう。「それも自然の営み」と興味なさげにあくびする露伴でしたが、心優しい京香ちゃんがお菓子の箱の中に入れて守ってくれました。う〜ん、なんか意味深なシーン。この行動が、吉と出るのか凶と出るのか?


その時、村への入口の門がゆっくりと開かれました。そこから現れたのは、1人の少年。キッチリとおめかしして、礼儀正しく挨拶してくれました。こんな年端もいかない子どもが完璧なマナーで登場する事により、この村のマナーへの徹底ぶりと異常性が伝わってきますね。少年の名は一究(いっきゅう)。彼の案内に従い、村の豪邸の1室にて、売り主を待ちます。しかし、面接試験はすでに始まっていたのです。部屋に入ってお茶を飲む、たったそれだけの間で京香ちゃんはもう3つのマナー違反をしていました!
一究さんが再び現れ、試験終了を告げます。あまりにも、あっけなさすぎる……。彼女もこのままでは帰れないと、再トライを懇願。帰りたがってる露伴をよそに、彼女はすっかりこの土地に魅入られてしまっている。……と、そこに異変が起き始めました。なんと、彼女の母親婚約者の死の知らせが届いたのです!露伴がポケットの中に隠していた、さっきのヒナ鳥も虫達に襲われて死んでしまっていました!泣き叫ぶ京香ちゃん。明らかな異常事態に警戒する露伴。
主から再トライの許可を得て来た一究さんに、とうとう露伴は『ヘブンズ・ドアー』発動ッ!なんかまた微妙にデザインが変化してますが、そもそもパラレルワールドだし、精神のヴィジョンが多少変わっても不自然ではないので、あまり気にしない事にします。「本」になった一究さんの記憶を読むと、そこには衝撃の事実が!この事態はスタンド能力によるものではなく、「山の神々」によるものだったのです。この山の土地に敬意を払える者は、「成功」や「幸運」を得る。敬意なき無礼者は、マナー違反1回につき「大切なもの」を1つ失う。一究さんは、あくまで「山の神々」の意志を伝えるメッセンジャーに過ぎません。
「山の神々」と来ましたか〜!「悪霊」、「妖怪」と来て、ついに「神様」の御登場ですよ。奇しくも、先日の熊野での対談(レポートはこちら)を思い出させます。でも、人間が決めた人間のマナーを尊ぶとは、随分とまた人間的な神様ですねえ。もともと人間だった者の魂が長い年月の中で「神様」化したとか、人々の「山への畏敬」や「祈りの念」が凝り固まってパワーを宿したとか……、そんな秘話があったりするのかも。それにしても、こんな村で生きていける人なんてそうそういないでしょうね。私だったら、ものの数秒で全て失うな(笑)。逆に言えば、それほどの強い覚悟がないと大富豪にまでのし上がる事は出来ないのか。

ようやく核心に迫るも、「他人の心を勝手に読む」という行為がすでにマナー違反と見なされました。そりゃそうだ。というワケで、露伴も「大切なもの」を1つ失う事に。それは京香ちゃん。別に女性としてどうこうって意味じゃなく、「漫画家」にとって「編集者」はやっぱ大事な存在なんでしょう。京香ちゃんは突然、心臓発作を起こして倒れてしまいます。木々や岩の中に「山の神々」の姿を見、彼女を助けてほしいと嘆願する露伴。しかし、マナーに寛容は無し。マナーは「正しい」か「正しくない」かだけ。この土地を訪れた者は、「得る」か「失う」かだけ。彼女を助けたいなら、失った「彼女」を再び「得る」以外にない。
一究さんから露伴への試験が始まります。美味しく茹でられ、皿に乗せられたトウモロコシ。その皿のそばには、お箸やナイフ、フォーク、調味料もあります。さて、このトウモロコシをどう食す?
トウモロコシを食べる際のマナーなんて、考えた事もありませんでしたよ。露伴とて同じらしく、これはもはや賭け!しかし、お高くとまって調子こいてるクソガキにムカっ腹立ってたのか、露伴も敬意どころか敵意剥き出しです。これは引っ掛け問題と看破し、両手づかみでトウモロコシを食す!さらに露伴は、なんとすでに一究さんに「命令」を書き込んでいたのです。「畳の縁が見えなくなる」と。そのせいで彼は、気付かずに「畳の縁を踏む」というマナー違反を3回もしてしまいました。トウモロコシの問題は正解で、露伴は「京香ちゃん」を得ました。そして、一究さんの3回のマナー違反によって、京香ちゃんが失った「母親」と「婚約者」と「ヒナ鳥」を取り返したのでした。見事、逆転大勝利ッ!
今までずっと礼儀正しく敬語を使っていた一究さんが、「これはイカサマだ…」「イカサマは神々の怒りを買うぞ…」と凄んで来たのは不気味で怖かった。でも、彼自身も語ったように、マナーに寛容なし。マナーを犯してしまったのは、どんな理由があろうとも、あくまで一究さん本人なのです。かくして露伴は、神々の怒りを買う事もなく、京香ちゃんと共に山を去るのでした。「だが帰る」と言い残して(笑)。
さっき死んだはずのヒナ鳥も、今は元気に鳴いています。さすがは神様、失った命さえも無かった事に出来る!京香ちゃんの母親と婚約者もピンピンしているに違いありません。結局、このヒナはそれを描くためだけの存在だったみたい。そして露伴は、木の上に鳥の巣を見付けました。これでみんな、無事に家に帰れますね。ニヤリと微笑む露伴にシビれました。




――このような話でした。正直、個人的には、露伴の短編の中で一番面白かったです。「マナー」という、誰もが知っているような気になってるけど、実際に行なうのはとても難しいものをルールとして掲げたあたりが絶妙です。その賞罰も単純明快。どんなに「正しい事」でも「些細な事」でも、過剰にすると恐怖になる。どんなに「くだらない事」でも「ありふれた事」でも、リスクを負わせる(=ギャンブル性を持たせる)とサスペンスになる。その見本のようなストーリーでした。
登場人物も、露伴と京香ちゃんと一究さんの3人だけ。最低限の人数最小限の設定で、コンパクトに話がまとめられています。最初はてっきり「田舎に行ったら襲われた」系ホラーなストーリーかと思ってましたが、いざ読んでみたら構築系ホラーでしたね。「山の神々」はおろか、村人すら出て来なかったのが、逆に妙な存在感を感じます。「死刑執行中脱獄進行中」における、看守や死刑執行室の作成者みたいな。
結果的に誰も何も得ていないし失ってもいない、プラマイゼロなストーリー。出会った事件に対し、露伴が深く関わり、根本から解決する……という事は決してありません。露伴の好奇心が満足したら終わり。何も変えない、変わらない。だからこそ、「岸辺露伴は動かない」。またいつの日にか、岸辺露伴の好奇心が動いた時に、岸辺露伴の動かない物語を描いてほしいです。



(追記)
マナー違反すれば、即座に「大切なもの」を失う……ってワケではないのかもしれません。露伴が言っていたように、京香ちゃんが再トライを要望した事が悪かったのかも。あの場での再トライなどというのは、己の未熟さ・無知さを棚上げした、身の程を弁えない「自惚れ」であり「強欲」であり「不敬」と受け取られても致し方ありません。つまり、マナー違反には2種類あるって事。
1つは、「敬意」自体は持っているのに、それをマナーという形として表現する際に間違ってしまったケース。この場合は、「山の神々」も理解し許してくれます。ただ「土地を買う権利」を失うだけ。しかも、それは「その時に限って」の事で、ちゃんと勉強してから後で出直して来れば、またチャンスは与えられるものと思われます。これだけの話だったら、特に問題もなかった。
しかし、問題はもう1つのケースです。それが、「敬意」そのものを持たずに犯したマナー違反。この場合、「山の神々」からの罰を受ける事となります。「大切なもの」を失ってしまうのです。京香ちゃんは再トライを望んだ事で、露伴は他人の心を勝手に読んだ事で、「敬意」がないと見なされたんですね。まあ、正解かどうかは確かめようもありませんが、そう考えると納得できそうかな〜と。ツェペリ一族じゃないけど、やっぱ「敬意」を払う事は大事だね。




2013年11月19日発売の「岸辺露伴は動かない」コミックスに、このエピソードも収録されました。それに伴い、エピソード#05として正式に採番されました。そんなワケで、こちらもエピソード・ナンバーを正確に記述しておきます。




(2012年10月6日)
(2012年10月29日:追記)




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