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野良犬イギー





「ジョジョ」35周年を記念し、2022年3月19日に発売された「JOJO magazine」2022 SPRING!それに掲載されたのが、乙一氏による「ジョジョ」の小説「野良犬イギー」です。同年5月19日には、ハードカバーでの単行本化もされました。タイトル通り、イギーが主人公。いや……、正確にはアヴドゥルの視点から見たイギー、と言うべきですかね。ニューヨークでの野良犬狩りでアヴドゥルがイギーを追い、戦い、捕えるまでの物語。
乙一氏と言えば、もちろん、名作と名高い4部ノベライズ「The Book ~jojo’s bizarre adventure 4th another day~」でしょう。必然、それに匹敵する内容を期待される方が多いはずですが、私は正直、なかなか読み進められませんでした。そのせいで、こうして感想を書くのもだいぶ時間が掛かっちゃった。……と言うのも、個人的にあんまり興味をそそられなかったから。結局のところ、3部本編の「ニューヨークのノラ犬狩りにも決してつかまらなかったのを アヴドゥルが見つけて やっとの思いでつかまえたのだ」というジョセフの説明が全てな気がして。そして、実際に読んだ今も、それはやっぱり変わりませんでした。
率直に言って「ふ~ん」という感想です。ストーリー展開自体には意外性も目新しさもまったく無く、毒にも薬にもならない話でした。それでもキャラクターの魅力や乙一氏の文章力で面白く読めはしましたけど、つくづく自分は、本編の隙間をただ埋めるだけの話は求めていないんだなぁ、と思いました。これはもう完全に、イギー推しとアヴドゥル推しのための作品ですね。ジャンルとしてはキャラクターグッズに近いのかも。



以下、細かい感想等をちょこちょこと箇条書きしていきます。



まず、今作の文体はアヴドゥルの一人称。彼はどっしり構えた生真面目な大人の男性なので、作品全体の雰囲気も安定感があって落ち着いたものになっていました。
舞台がニューヨークという事も加わってなのか、洗練された気品が漂っています。それがなんかスマートで、ゴチャゴチャ騒がしくなくて、心地良く感じたりするんですよね。


本編では謎に包まれていたアヴドゥルの背景が語られたのが良かったです。彼の真っ直ぐで優しい性格を形作ったのは、両親の生き様と死に様だったんですね。いや、まぁ……、荒木先生が身上調査書に書いた設定とはまるで違うのかもしれませんけど、これはこれで説得力があります。あの両親を自分の指針にしてたら、そりゃあ身を挺して他人を救おうとする人間に育ちますよ。
さらには、ジョセフとの出逢いも描かれていました。簡潔ではあるものの、けっこうしっくり来るエピソードだな、と。凄腕占い師のアヴドゥルなら富豪専属になっても不思議じゃないし、ジョセフなら美人を口説きに来るのも自然ですからね。


『魔術師の赤(マジシャンズ・レッド)』VS『愚者(ザ・フール)』!炎と砂のスタンドバトル!両者ともざっくりとした能力なので、大味な戦法になりそうなところですが、なかなか奥深いバトルが楽しめました。
とりわけ、『ザ・フール』の利用法がトリッキーでしたね。敵を流砂に飲み込むとか、鳴き砂で敵の接近を探知するとか、砂を細かく操作して敵の体内に侵入させるとか。何より、砂粒の摩擦による帯電で雷を発生させる、というのは非常に面白いアイディアです。そんな強力な技があるなら本編でも使えただろ、とも思っちゃいますが(笑)。
ただ、乙一氏と私とでは『ザ・フール』の解釈そのものが違っていました。乙一氏は「砂のようなスタンド」として描いていますが、私は「砂と一体化したスタンド」と考えてますんで。だから、私の思う『ザ・フール』は一般人の目にも見える。でも、その辺はそういうもんだと思って、割り切って読んだので大丈夫です。


今作でのアヴドゥルは、最終的に「イギーが仲間になってくれる事を祈る」みたいなスタンスになってましたね。イギーの事をマジに心配してくれてますし。本編では「イギーが仲間になんてなれるわけない」という、期待すらしてない感じだったので、その辺はちょいと違和感があります。
また、本編ではジョセフがイギーの生まれを知らないようでしたが、今作ではSPW財団がすでにイギーの素性を完全に調べ上げてました。そういった本編との微妙なズレは気になるポイントです。


とは言え、アヴドゥルとイギーが感情剥き出しでぶつかり合う様は、実に見応えがありました。これが今作最大の見どころですかね。
孤独な根無し草の日々を送るイギーの姿を、かつての自分と重ねるアヴドゥル。両親という「生きる指針」を持てたからアヴドゥルは道を誤らずに生きられたけれど、イギーにはそれが無い。イギーを「あり得たかもしれないもう1つの自分自身」として受け止め、嘘偽りない姿勢で対峙するワケですよ。しかしながらイギーはイギーで、人間なんぞにそんな事を言われる筋合いもありませんし、勝手気ままに自由に生きていたいだけ。人の掟に生きるアヴドゥルと、自然の掟に生きるイギーでは、話が通じないのも当たり前です。だからこそ、言葉や声ではなく、心と心、意志と意志、スタンドとスタンドを互いにぶつけ合う以外にない。命懸けの壮絶な戦いが、誠実で真剣なコミュニケーションにも映り、胸にグッと迫るものがありました。
アラブ人のアヴドゥルとアメリカンのイギーが並び立って手を取り合う未来をイメージする、というラストも3部らしい。年齢も人種も種族すらも異なる者同士が集まったパーティーが3部ですからね。まさに「地球」「世界」の縮図。疫病や戦争で人々が分断されている今の世にこそ、必要なイメージであり祈りであるように感じます。次なる世代のためにも、少しでも良い世界にしたいですね。


挿絵は本編の使い回しばかりですが、1点だけ荒木先生描き下ろしのアヴドゥル&イギーが拝めるのが嬉しい。
アヴドゥルは本編よりもラフな印象を受けますし、イギーは可愛くてカッコイイ。色合い的にはパッと見、白と黒で対照的なのも良いです。


乙一氏のインタビューによると、編集サイドから「子供たちに人気のキャラクターで書いてもらいたい」というリクエストがあったようです。
なるほど。どんな理由や意味があってわざわざこの作品を書いたのか疑問でしたが、そういう経緯があったなら納得。子供人気のキャラって言われても困っちゃいますよね(汗)。誰なんだ、と。そもそも「ジョジョ」自体、子供人気があるのか、と。色々考えて、結局、マスコット的な動物キャラにも見えるイギーに落ち着くのは致し方なし。そんな妙なリクエストさえ無ければ、もっと自由に、もっと乙一氏らしい物語が書けたんじゃないかと思えてしまいます。




―― 私の好みには合わなかったですが……、大きな批判の声も上がらないであろう、堅実な(反面「無難」とも言える)作品でした。乙一氏の「ジョジョ」への愛と理解が成せる業でしょう。
でも、もし次の機会があった時には、乙一氏ならではのオリジナリティーを存分に発揮できる物語を期待します!先が読めない、先を読みたくなる作品を読みたいですッ!




(2022年8月13日)




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