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「ジョジョリオン」と「性」について





連載開始からまだ1年も経っていませんが、今までになく性的な描写が多い事は明らかな第8部「ジョジョリオン」。今回はその性的な描写という観点から、これまでの「ジョジョ」シリーズを振り返りつつ、「ジョジョリオン」を分析してみたいと思います。
そもそも、性的な描写と一口で言っても、様々な要素があるでしょう。荒木先生の描く絵がいつだってセクシーで色気たっぷりだってのも、論を俟ちません。しかし、ここでは「性」「肉体」「恋愛」「エロ」という3つの要素に大別してみました。それらの描き方や捉え方、そして、それぞれの変遷について迫っていく事にします。そこから、荒木先生が「性」をどう意識しているのか想像してみるのもまた一興。



1部2部は、まさに肉体讃歌」です。「波紋」は肉体が生み出すエネルギー。「石仮面」も肉体の可能性を引き出すアイテム。このように「究極の肉体」がテーマとなっており、肉体の可能性と進化をトコトン追究しています。波紋使い、吸血鬼、柱の男、究極生命体、果てはサイボーグ……と、人間の限界を遥かに超えた肉体が続々と登場しました。
ただし、バトル中心の少年漫画であるため、基本的には男性ばかりが描かれます。そして肉体描写は、両極端もいいところ。男性がムキムキマッチョ揃いである反面、女性は華奢で可憐で滑らかな体付きです。「男らしさ」や「女らしさ」を誇張して表現していたのでしょう。呼吸さえ鍛えれば肉体も鍛えられる、という「波紋」の設定のおかげで、辛うじてリサリサ先生という強い美女キャラを登場させる事は出来ました。しかしそれでも、結果的にはほとんど活躍できず、あっさり敗北を喫してしまいました。あくまでメインは「男」であり、「強い肉体」だったのです。
ジョナサンとエリナ、ジョセフとスージーQの恋愛にもスポットを当ててみましょう。1部はジョナサンの青春物語という側面もあります。エリナと出会い、仲良くなり、惹かれ合い……、突然の悲劇と別れ、数年後の再会から結婚……と、丁寧に愛が育まれていました。一方、ジョセフの場合は、恋愛の過程や詳細はほとんど描かれていません。スージーとの出会いすら描かれず、最終回でいきなり結婚してた……という、何ともジョセフらしい破天荒っぷり。言い方は悪いけど、「血統を遺すために必要だから、とりあえず描いときました」って程度でした。
エロは少なめ・控えめです。どうせなら、この頃の美しい女性キャラのエロシーンこそ見たかった気もしますが、出て来るのはいつも筋骨隆々な野郎共のゴッツい裸体ばかり。現実は非情でした。せいぜいドゥービーにひん剥かれたポコの姉ちゃんとか、リサリサ先生の胸チラや入浴シーンくらいかな。最終的にはカーズも「SEX:必要なし」の境地に達しちゃうし、早くも行き着くトコまで行っちゃった感じです。


3部からは「スタンド」が新たに導入され、人間同士の戦いが描かれるようになりました。「スタンド」は精神が生み出すエネルギー。「肉体讃歌」から「精神讃歌」への移行が始まったのです。「強い肉体を持つ者が、本当に強いとは限らない。そんな戦闘システムの変化に伴い、老若男女問わず、誰もが同じ土俵の上に立つ事が出来るようになりました。必然的に、いろんなタイプのキャラが作れるようになります。ただ、それでも結局、メインキャラはみなガタイの良い男達。女性キャラはあまり描かれませんでした。また、初めて「魂」の概念が明確に絵として表現された点からも、「精神」に重点が置かれるようになった事が垣間見えますね。
とは言え、「肉体」がないがしろにされているワケではありません。ジョースターの血を継ぐ者の肉体に、今ではジョジョの象徴とすら言える星のアザが初めて描かれた記念すべき部でもあるのです。ジョナサンの肉体を奪って復活したDIO、通じ合うジョースターの肉体。これ以降、ジョースター一族の血の繋がりは、明らかに濃くなりました。
画風の変化は著しく、劇画調の絵からデザイン的な絵になっていきます。肉体もより硬い質感で描かれ出し、キャラはよりコミカルに、ファッションはよりシンボリックなものへ変わっていきました。鼻の縦線や承太郎の帽子、ポルナレフやジョセフの顔芸なんかは良い例ですね。そもそも「スタンド」自体が、精神力や超能力をデザイン化したものですから、そういう変化も自然な流れと言えるかもしれません。その流れの最たるものが、『トト神』の漫画の絵柄なのでしょうか。
恋愛エロはほとんど描かれず、エピソードのスパイス程度の扱い。承太郎にほのかな恋心を抱き、シャワーシーンまで披露してくれた家出少女も、別段何があるでもなく早々に消えました。ルクソールでは、ポルナレフも優しいお姉さんのもとを黙って去っちゃいます。3部はあらゆる意味で、あっさり風味のシンプルな部と言えそうです。


4部は1〜3部のような「神話」の世界から、一気に「現実」の世界に近付いた部。むやみに筋肉質だったキャラの体格も、グンと細くなりました。しかし、リアリティのある肉体かと言われると、決してそんな事もなく……。むしろ、最もコミカルに肉体が描かれ、漫画的表現も多用されていました。デフォルメされた絵は、康一くんや玉美、間田のようなホビット化する肉体や、虹村パパや重ちーのような人間離れした肉体を描き出します。また、靴と靴下を水溜まりに落として目玉が飛び出た仗助のような、ギャグ漫画的描写も見逃せません。
同時に、スタンド能力によって肉体が変形する様子も数多く描かれます。肉体を岩や本と一体化させる『クレイジー・D』や、肉体を本にする『ヘブンズ・ドアー』、肉体を健康にする『パール・ジャム』、自分の髪の毛を操る『ラブ・デラックス』、肉体を紙に封じ込める『エニグマ』……など。このような、1・2部の頃とはまた異なった角度からの誇張された肉体描写が特徴的でした。
「町」が舞台であるため、バトル一辺倒ではなく日常も描けるようになります。それに伴って、女性キャラの活躍の機会も、恋愛要素も増えました。ただ、主人公メインのものはなく、康一くん&由花子さん、吉良&しのぶさんが主なカップル。仗助もモブにモテてはいますけど、特定の相手は登場せず。エロはと言うと、意外に多いかもしれません。人妻のしのぶさんが服を脱ぐシーンは、4部で一番色香が漂っていました。『シンデレラ』編での由花子さん&彩さんも、レズっぽい妖しい雰囲気。『シンデレラ』編は、「女性の肉体」の究極を描いた点も要注目です。あとは、鈴美さんのファーストキス&初潮話に背中露出、生理中のヨシエ、朋子さんや梨央ちゃんのパンティーなどの小ネタ。身近な日常が舞台のせいか、4部のエロには生々しさがありますね。


5部では、キャラの肉体がさらにスマートになり、エレガントで中性的な色気を帯びます。3部から始まった「精神讃歌」の深化が、その背景にあるのでしょう。荒木先生や作品の中で「精神」の比重が大きくなればなる程に、「肉体」の比重は小さくなっていく傾向にあります。
「ジョジョ」は2部で「究極の肉体」に到達し、この5部で「レクイエム」という「究極の精神」に、精神の進化の1つの終着点に到達しました。最も細身に肉体が描かれるのも、これまた自然な流れ。加えて、ジョルノの『ゴールド・E』の能力が示すように、肉体が「部品」として捉えられている向きさえあります。あまりに安易に腕やら足やらを切ったりくっ付けたりしてるので、肉体のダメージにリアリティが感じられませんでした。反面、人格によって変化する肉体や、魂の入れ替わりと共に変貌を遂げていく肉体など、肉体と精神の繋がりが描かれ始めている点も重要です。
ギャングの抗争というハードなシチュエーションであるため、やはり男性が中心的に描かれました。メインの女性キャラはトリッシュのみ。ただ、彼女はパワー型のスタンドを持ち、精神のタフさも男顔負け。露出度の高いファッションに身を包み、セクシーさも申し分なし。活躍自体は少なかったものの、「戦う女性」の夜明けを予感させるには充分でした。
恋愛も、トリッシュ絡みで僅かに描かれています。自覚すらなく芽生えた、淡い恋心。しかし、相も変わらず主人公とは無関係でした。エロも少なめで、主立ったものはトリッシュの乳輪チラや『ベイビィ・フェイス』受胎シーンくらいでしょうか。むしろ、中性的な男達が密着したりと、なんかホモっぽい描写の方が目立っていた印象です。


6部女性が主人公という特殊な部。それまでは男女を別物として捉えていた荒木先生ですが、人生経験を積み重ねるに連れ、心境も変化していきました。男も女も同じ、という意識のもとで描かれているのが6部です。たとえ女性であっても容赦なく、男性となんら変わらぬ扱いを受けるのです。そういった意味もあってか、エルメェスやF・F、アナスイなど、性別を超越したかのようなキャラが多く登場。絵にも微妙な変化がありました。男女関係なく筋肉質な肉体ばかり。男性的な鋭さや冷たさを感じさせるアバッキオ目を持つキャラが増える一方、上唇の線がなくなる事で女性的な柔らかさや温かさを感じさせてくれています。
また、1〜5部の中で「究極の肉体」「究極の精神」に到達した事で、6部からは「肉体」と「精神」の融合・融和の方向へと進み始めます。肉体を「糸」にする徐倫のスタンド『ストーン・フリー』は、その象徴とも受け取れましょう。肉体の美しさが見える『サバイバー』や、肉体が植物化した囚人達から誕生した「緑色の赤ん坊」、生物である「ロッズ」を自在に操る『スカイ・ハイ』なんかも、その好例。彼女や仲間達は、スタンドを駆使した数々の肉弾戦を勝ち抜いていくのでした。
ただし、性別の境界がぼやけたとは言え、徐倫の母性はしっかり描かれています。徐倫を取り巻く恋愛も描かれ、彼女が女の子らしく可愛らしく感じられました。ウェザーとペルラの悲恋も忘れてはいけません。振り返ると、6部の恋愛は今までになくドラマティックなものである事に気付きます。エロに関しても、徐倫が大活躍。ひとりエッチに始まり、ストリップやおトイレシーンなども見せてくれました。他にも、エルメェスのパンティーやらケンイチ新記録やら。一巡後の世界では、看守と女囚達がヌードまで披露。乳首もこっそり描かれてました。男女の性差が薄れた事で、エロも露骨に下品になってますね(笑)。


7部「STEEL BALL RUN」(以下「SBR」)は、「原点回帰」「再生(ルネサンス)」が強く意識された部です。白人に黒人、黄色人種、インディアン……と、あらゆる人種が登場。主人公:ジョニィは下半身不随という、肉体的なハンデを背負っています。そんな彼らの、文明から離れ、自然へと還る旅が克明に描かれました。その旅は、「男の世界」という厳しい価値観・精神性が求められる、長く過酷な旅路。6部から始まる「肉体」と「精神」の融合はさらなる深化を見せ、強靭な「肉体」と「精神」を持つ者しか勝ち進む事が出来なくなっています。そんな強者達の多くが追い求めるものは、「聖なる遺体」という特別な肉体。そして、ジョニィがその先に願うものは、失ってしまったかつての自分の肉体。ありふれた普通の肉体
「肉体」と「精神」の融合は、「スタンド」にも色濃く反映されています。肉体を変化させるタイプの能力が一気に増えたのです。爪を「回転」させて発射する『タスク』、肉体を分離する『オー!ロンサム・ミー』や『キャッチ・ザ・レインボー』、肉体をクリーム状に変える『クリーム・スターター』、肉体を恐竜化させる『スケアリー・モンスター(ズ)』……などなど。大統領の『D4C』も、見方によっては、肉体を入れ替えて使い捨てる能力とも言えます。また、「スタンド」のみならず、鉄球の「回転」などの肉体的な「技術」が活躍する点も特徴です。ジャイロの技術はスタンドの領域にまで達し、ジョニィのスタンドは技術によって生長する。「肉」という、極限までにシンプルで原始的な概念に、改めて立ち帰った部なのです。
必然として、肉体描写にも大きな変化が訪れます。鼻の縦線が消え、鼻の下のくぼみ(人中)が描かれ、アバッキオ目がなくなり、上唇の線は復活し、まつげが減り……、よりリアリティのある写実的な画風になりました。それまではデザイン化されていた血液も、ちゃんと液体っぽく描かれています。ただ、ハードで重厚な展開が続く事も影響してか、表情は固め。そんな中、「7日で一週間」の中で見せてくれたジャイロの顔芸は特筆に値するでしょう。
6部で一度は取っ払われた「男」と「女」の違いが、再び如実に浮かび上がって来ました。体付きも性差を取り戻し、男性は太く逞しく、女性は細く柔らかな質感に。また、特別な力など持たない少女ルーシーの孤独な戦いが描かれます。彼女は自分が「か弱い女」である事を武器にして、果敢にも苦難に立ち向かっていきました。男装の令嬢であるホット・パンツも活躍。男性と思われた時は表舞台の「男の世界」を駆け抜け、女性と判明するやルーシーと合流して暗躍します。擬態と潜入、舞台裏はまさに「女の世界」恋愛要素はほとんどなく、ジョニィとホット・パンツに何かあるのかと思いきや、何も起こらずじまい。スティール夫妻のピュアな関係も、恋愛と呼んでいいのかどうか微妙なところ。大統領のルーシーへの想いも、独占欲や信仰心に近いものでしょうしね。ただし、絵柄の変化と青年誌への移籍により、エロ描写は倍増しました。ジョニィの3Pや乳揉み、ジャイロの不倫、ディエゴの母に関係を求める男、リンゴォ少年を犯さんとする軍人、ルーシー&スカーレットのレズ、そして大統領のレイプ未遂。「ジョジョ」史上初の、メインキャラによるおっぱいモロ出しをさりげなく成し遂げてくれたルーシーに乾杯です。


そして最後に本題、8部「ジョジョリオン」。「ジョジョ」史上初の、現代の日本が舞台となる部です。しかも、(世界は違うけど)4部でお馴染みの杜王町。これまでは、時代も遠い過去や近未来ばかり。唯一「現代」が舞台だった3部も、日本が描かれたのは最初だけで、あくまで遠い異国がメインでした。また、現実世界と作品世界は3月11日の「大震災」を共有しており、そういう意味においても最も身近で現実的な舞台設定となっています。
そんな身近で現実的な面は、肉体描写にも当てはまるようです。「SBR」からの写実的路線の画風はそのままに、「男」と「女」の肉体が持つ異なる美しさや強さを、表情豊かに描き出しています。人間や生命を描くにあたって、「性」とは決して避けられぬもの。その点、「ジョジョリオン」は今までになく真っ向から「性」を捉えています。主人公がいきなり全裸で登場するわ、金玉は2×2だわ、素っ裸の女の子も現れるわ。ついには、すんでのところで行為にまでは及ばなかったものの、異常に悩ましいベッドシーンまでも。「性」をあるがままに、誇張せずに、ストレートに、等身大に描く。初めて青年誌でスタートした部でもあるし、荒木先生自身も老成円熟してきた今だからこそ描けるものなのだと思います。
恋愛については、かなりの躍進が期待できそう。そもそも、定助と康穂が出会う事で始まったボーイ・ミーツ・ガールな物語です。女性キャラの人数も過去最高レベル。その真っ只中に、定助は放り込まれているワケで。何も起こらないはずがないのですが、早くもやっぱり事が起こっちゃっている状況。主人公がちゃんと恋愛模様の中心にいて、それが綿密に描かれるというのは「ジョジョ」では珍しいですね。ただ、定助と康穂の場合、シチュエーション自体がかなり特殊なので、「普通の恋愛」とは言い難い。出会いからして、お互いに「特別な存在」になり過ぎている。今はまだ「異性の友達」とか「恋人」とかっていうよりも、むしろ「母子」「姉弟」に、あるいは「拾われた犬」と「飼い主」に近い関係性なのかもしれません。大弥ちゃんにしても、理由も分からず定助にラブラブな唐突っぷり。彼らの意識や関係がどう変化していくのか、恋愛感情が物語をどう動かしていくのか、そこら辺にも今後は要注目です。
エロ描写も、これまでとは毛色が変わってきています。今までのエロは、ギャグやコメディ、サスペンス、それらを表現するための「手段」に過ぎませんでした。そのせいか、いつも淡々とサッパリ描かれていた印象があります。しかし「ジョジョリオン」では、じっくりとなまめかしく官能的にエロを描き始めています。エロを「エロ」として描こう、エロそのものを描こう、という意欲が感じられるのです。つまり、エロが「手段」から「目的」に変わりつつあるって事。なにせ「ジョジョ」も、連載開始から早25周年を迎えました。25歳といったら、もういいオトナ。そりゃあ、エッチに積極的にもなりましょう。



――さて、こうして一通り振り返ってみました。その中に潜む法則性傾向……なんて言うと大げさですが、そんなようなものをまとめてみましょう。
 
 @テーマ的に肉体が重視されている部は、肉体描写がリアルである。
 A肉体描写がリアルな部は、恋愛やエロが描かれやすい。
 B舞台が読者にとって身近な部は、恋愛やエロが描かれやすい。
 C旅をする部は、恋愛が描かれにくい。
 D連載雑誌が青年誌である部は、エロ描写が多い。

どれも当たり前と言われれば当たり前の事です。精神重視で、舞台は非日常、旅をして、少年誌に連載していた3部5部。この2つの部は、性的な描写が最も少ないであろう部でした。これと正反対なのが8部「ジョジョリオン」。恐らく、今後もますます肉感的でエロティックな展開が待っている事でしょう。これまでのエロ描写は、欲望を満たすためであったり邪悪な事に利用されたり……など、「いけない事」という扱いが主でした。でも「ジョジョリオン」では、自然な「愛の営み」としてのエロが、定助と康穂の恋を通じて描かれるかもしれません。
「ジョジョ」にそんなものは求めていない、という方もいるかとは思います。しかし、かつて荒木先生は「成長していく読者に対して、成長しない物語は必要ない」と語っていました。荒木先生の心境や作風の変化は、「ジョジョ」という物語の成長の証。そして、我々読者の成長への信頼の証。きっと「ジョジョリオン」は、未だ見知らぬ地平へと我々を誘ってくれるはずです。男性も女性も、ちょっとオトナで刺激的な新しい「ジョジョ」を共に楽しみましょう!




(2012年3月20日)




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