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ここに書いているのは、スタンドの個人的な解釈に過ぎません。
原作の設定・描写をベースに、
勝手に考察・妄想しただけのものです。
正確な公式データが欲しいという方には何の役にも立ちませんので悪しからず。




「爆弾」のスタンド/本体:吉良 吉影
「しゃぼん爆弾」を放つ能力



本体:吉良吉影は、S市紅葉区杜王町にある「壁の目」と呼ばれる場所にて、裸で土に埋まっているところを死体で発見された。そのため現在のところ、彼のスタンド能力に関する情報は、妹の虹村さん(仮名)の発言によるものがほとんどである。
ネコと髑髏を組み合わせたようなヴィジョンの人型スタンド。「ジョジョ」4部の『キラークイーン』と瓜二つである。というか、名前も同じなのだろうか?

能力も『キラークイーン』そっくりで、「爆弾」を作り出す能力となっている。スタンドが射出する、星マークの浮かぶ小さな「しゃぼん玉」が「爆弾」である。この「しゃぼん爆弾」は、どうやら何かに触れると爆発する性質を持つらしい。詳細は不明だが、イメージ図を見る限り、同時に複数の「しゃぼん爆弾」を放つ事も出来た可能性がある。だとしたら、1個1個の爆発力はそれほど強くはなかったのかもしれない。


ちなみにこのスタンドは、「もう1人」の別の人物が持つスタンドと「融合」し、『ソフト&ウェット』として生まれ変わっている。「しゃぼん玉」を射出する点は同じだが、「爆弾」の性質は失われ、異なる能力を宿した。




オータム・リーブス/本体:無し
「高速滑走」させる能力



別名『Les Feuilles』(フランス語)。S市紅葉区杜王町の「カツアゲロード」と呼ばれる通りに存在するスタンド。この通りに立ち並ぶ銀杏の木々から落ちた葉っぱに潜んでいるようだ。
「触手」や「吸盤」のような4本足と、ボディーに書かれた「11」という数字が特徴的な、平べったいヴィジョンを持つ。群体タイプの極小スタンドで、銀杏の落ち葉に無数のスタンドが蠢いているのだ。


このスタンドが潜む落ち葉に接触すると、その物質は落ち葉の上を勢い良く滑る事になる。この通りの住人達は、そんな不思議な現象に気付き、落ち葉をまるでレールのように敷いて利用し始めた。
落ち葉を踏んだ者は、強制的に「高速滑走」させられる。敷かれたレールに沿って、目にも止まらぬスピードで瞬間移動してしまう。落ち葉を踏み続けていれば、元の位置に戻って来る性質もあるようだ。この見えない「移動」により、本人も知らぬ間に不利な状況に陥れられてしまうのだった。さらに、カツアゲの熟練者ともなれば、この落ち葉の法則性やクセのようなものも把握しており、自由自在でアクロバットな移動が可能である。いつしか杜王町の町民達は、この通りを「カツアゲロード」又は『デッドマンズ・カーブ』と呼んで恐れるようになった。
なお、これはスタンド能力と直接関係はないが、「カツアゲロード」には暗黙の了解(ルール)が存在する。それは……、『この道では、落ち葉を利用して「カツアゲ」する事が出来る』『この道では、誰が誰を「カツアゲ」してもOK』『この道の現象については誰にも教えない』という極めてシンプルなルールである。これは近隣住人にとって周知の事実であり、そのため、警察も物的証拠がない限りはうかつに介入できない様子。「カツアゲ」されてしまった者は、おとなしく立ち去るか、「カツアゲ」し返すか以外に選択の余地はない。弱肉強食の危険地帯なのだ。

このように、多くの一般人達に認識され、有効活用される珍しいスタンド能力である。このスタンドの成り立ちもまた稀有で、かつてアメリカ大陸に散らばっていた「聖なる遺体」に由来している。
明治時代、ジョニィ・ジョースターという騎手(ジョッキー)が来日した際、密かに持ち込まれていたのがこの「遺体」であった。「遺体」は、1890年にアメリカで行われた大陸横断乗馬レース「スティール・ボール・ラン」を通じて全ての部位が揃い、長らくニューヨークの地下に安置されていた。しかし、ジョニィがその封印を解き、杜王町へ持ち込んだのだった。「遺体」には人知を超えた力が宿っており、ジョニィは不治の病に倒れた妻を救うためにその力を利用。結果、妻は健康な体を取り戻したが、引き換えに息子が病に罹る事となる。そしてジョニィは、「遺体」と自らのスタンド能力を使い、息子の病を自分に移動させて絶命した。
この時、ジョニィの遺志と「遺体」の力が土地と結び付き、「高速滑走」「瞬間移動」という不思議な現象が発生し始めたのである。銀杏の落ち葉は、どこからか岩石を移動させ、ジョニィの死体頭部を潰したのだった。恐らくはジョニィの、息子を襲う「不幸」を自らに引き寄せたいという祈りが、自分の頭部に残る異常な「痕跡」を消し去りたい(=家族を巻き込ませたくない)という願いが、こういった能力を生み出したものと思われる。……こうして、この場所はやがて「カツアゲロード」となったのである。
よって、このスタンドには本体は存在しない。あえて言えば、本体は「聖なる遺体」であり、この土地そのものであり、ジョニィ・ジョースターの愛である。


ちなみに、ジョニィが死亡したのは、1901年(明治34年)11月11日であった。スタンドのボディーに書かれた「11」という数字も、この日付けから来ているのだろう。




ナット・キング・コール/本体:東方 常秀
「ネジ」を突き刺す能力



本体:東方常秀が、「壁の目」と呼ばれる場所に踏み入る事で宿した能力。「壁の目」にて、彼の左足のヒザに謎の歯形が刻まれたようだが、それらとスタンド能力との因果関係は明らかになっていない。ただ、「壁の目」の未知なるエネルギーに影響を受け、眠っていた能力が引き出されたものと推測される。
全身に無数のネジが突き刺さった人型スタンド。体や手の大きさの割に細い腕を持つ、アンバランスな体型をしている。どの程度のパワーやスピードなのかは、まだ不明である。


このスタンドは「ネジ」を創り出し、それを他の物質に突き刺す。この「ネジ」によって、物質を「分解」したり、異なるモノ同士を「接合」「固定」したりする事が出来る。作中では、ボルトナットから構成された「ネジ」を人の腕に突き刺し、ナットを外して、ボルトが刺さった手首や指をバラバラにしていた。他にも、「ネジ」を足場にしたり、切断された人体をくっ付けたり、傷口を塞いだり、腕のリーチを伸ばしたり、「ネジ」が刺さった部分を擬似的な関節として可動させたり……など、様々な応用が期待できる能力である。
ちなみに、この「ネジ」は、スタンドと物質の中間の存在らしい。一般人にも見えて触れるし、スタンドに対して「ネジ」を刺す事も可能であろう。ただし、常秀が能力射程外に出てしまうと、「ネジ」は消滅。能力も解除される。能力射程は数m〜10数m程度と思われる。




ペーパー・ムーン・キング/本体:東方 つるぎ★
あらゆるものを「折り紙」化する能力



本体:東方つるぎの家は、後に「壁の目」と呼ばれる場所の近くに建っている。「壁の目」に踏み入ると、体に謎の歯形が刻まれるケースがある。「壁の目」と歯形、そしてスタンド能力。それらの因果関係は明らかになっていないが、つるぎも恐らく、この「壁の目」の未知なるエネルギーに影響を受け、スタンドを発現させたものと推測される。
このスタンドに、ヴィジョンそのものが存在するかどうかは、現時点では不明。

あらゆるものを「折り紙」のように折る能力を持つ。普通の折り紙や紙切れはもちろん、ケータイなどの硬い物質までも「折り紙」化してしまう。つるぎが能力で折ったこの「折り紙」は、スタンド使いにだけ「折られた形」に見えるらしい。(一般人には、本来の形のままに見えるのだろう。)
そして、その「折り紙」は、「折られた形」に見合った性質を付与されるのである。例えば、「カエル」の形に折られた物は、本物のカエルのようにピョンピョン飛び跳ねる。「セミ」の形に折られた物は、本物のセミのように空中を飛び回る。「バナナ」の形に折られた物は、本物のバナナのようにその皮で滑る。他にも、「刀」や「兜」、「ピストル」などを折って武装したり、獰猛な「動物」を折って襲わせたり、様々な応用が可能であろう。ちなみに、つるぎが触れた紙を折る事で、他者がこの能力を利用する事も出来るようだ。
このスタンドの能力射程は、数十mほど。パワーの弱い能力であるがゆえに、射程はそこそこ広く、持続力も高い。「セミ」が、町のどこにいるかも分からない東方定助をすぐに発見できていた事から、前もって標的を決定しておく事も出来そうである。


また、「形」に見合う性質を付与され動き出した「折り紙」により、さらなる能力が発動する。この能力は、つるぎの意志でのみ発動できる。
「折り紙」に触れられた者は、まず肉体が丸められた紙のようにクシャクシャになり、折り紙のように折り目が付く。この肉体異常はすぐに収まるが、それは「折り紙」化の能力が肉体より深部へと浸透してしまった事を示す。つまり、精神や感覚が「折り紙」化してしまうのだ。抽象的な表現になるが、多種多様な「異なる形」に折られた折り紙を、別の「同じ形」に強引に折り直してしまう、というイメージである。本当は「異なる姿形」を見聞きしているにも関わらず、それらを認識する前に、「折り紙」のように折られた精神・感覚がその「姿形」を歪めてしまう。その結果、全てが「同じ姿形」に感じられるようになってしまうのだ。

作中では、広瀬康穂と定助がこの「折り紙」化の能力を掛けられてしまった。町中の他人の顔(写真やマネキンまでも)は「同じ顔」に見えていた。ただし、動物の顔は、黒塗りされたように見えなくなるらしい。また、全ての文字も「同じ文字」に見えていたし、恐らく人の声も「同じ声」に聞こえていただろう。このように、姿形が強引に統一される事で、ものの区別・識別が出来なくなってしまうのだ。「何」を、「どのように」折るか(「どのように」感じさせるか)は、つるぎの意志で設定・決定できる。
時間の経過や本体:つるぎとの距離によって、能力がどんどん強まっていくのだとしたら……、「匂い」や「色」、「温度」、「感触」、「話の内容」、「服のデザイン」なども「同じもの」に感じられるようになっていくだろう。そして最終的には、この世のあらゆるものが「たった1つのもの」で溢れ返っているようにしか認識できなくなるのかもしれない。
そんな単純化・単一化された混沌たる世界の中で、つるぎだけは「本当の姿」のままに感じられる。そのため、能力を掛けられた者はパニックに陥って苦しみ抜いた末、とうとうつるぎに助けを乞うしか術がなくなってしまうのである。




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