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管理人 熊野へ行く
〜 ヤマトのココロは砕けない 〜




その@


今年2012年は「ジョジョ」連載25周年という記念すべき年……って事は、今さら説明するまでもありません。漫画家デビュー30周年の昨年にも増して、荒木先生の活躍の場は、分野を問わずに広がり続けています。これもまた、その一環と言って良いのでしょうか?「再生・蘇り」の聖地として、古来より信仰されてきた和歌山県は熊野の地。明治22年の大洪水により、熊野本宮大社が現在の境内に遷って120年を迎える今年。その記念の大祭が催され、特別イベントに荒木先生も参加するというのです。
その名も、熊野本宮大社正遷座120年大祭 特別対談・揮毫「今こそ、熊野」!!時は、2012年9月23日ッ!場所は、120年前の熊野本宮大社旧跡地である大斎原(おおゆのはら)ッ!対談相手は、このイベントの主催者:和田裕美さんと脳科学者:茂木健一郎氏ッ!何を語り合うのかはよく分からんけど、どうやら「日本の再生」とかそういった感じの事をテーマにするっぽい。(詳しくは、例によって@JOJOさんをご覧になってください。)
何にせよ、荒木先生に生で遭遇できる大チャンス。これをみすみす見逃す手はありません。当然、すぐさま申し込みました。あとはただ、行くのみッ!




そのA


<2012年 9月22日(土)>
いよいよ出発の日。毎度のように1人旅です。早起きして、空港へ。あいにく和歌山の南紀白浜空港への直通便がないため、まずは羽田空港へと飛びます。この羽田空港で、我が生涯最大にして最高の事件が勃発したのです。
南紀白浜空港行きの便を、搭乗口付近のイスに座ってぼんやり待っていました。……と、その時、前方を通り過ぎる1組の夫婦らしき男女が目に入ります。瞬間、体に電撃が走りました!鼓動が高鳴り、血が逆流ッ!なんとその男女は、荒木先生ご夫妻だったのです!荒木先生を見間違えるほど自分の目は節穴ではない。お2人は、私とはちょっと離れた位置のイスに腰掛けます。つまり、私と荒木先生ご夫妻は、たまたま同じ飛行機で和歌山に向かう予定になっていたって事!あまりに唐突で衝撃的な出来事にパニック寸前。でも、もうじき搭乗時間なので、パニクッてるヒマもゆっくり考えてるヒマもない。ここで何もしなかったら、きっと一生後悔する。そう思い、意を決して突撃したのでした!
ゆっくりサイドから近付くと、荒木先生がハンチング帽を脱いで一息ついている姿が見えました。うおお……、緊張する……。ゴゴゴゴゴゴゴという擬音がこれほど相応しいシチュエーションもないでしょう。しかし、この圧倒的恐怖を克服し、ついに声を振り絞ります。
「あの……、大変失礼なんですが、荒木飛呂彦先生…ですよね?」と訊ねると、私の存在に気付いた先生は「えっ、あっ…、ハイ。そうですけど」と答えてくれました。あまり目立つ行動を取っては、先生に余計に迷惑を掛けてしまうと思い、まず先生の隣に座らせていただきました。で、自分が大ファンである事、すぐに消え去るつもりである事を述べます。さすが紳士な先生だけあって、こんな私なんぞにもお礼を言ってくださり、少しお話までさせていただけました!明日の熊野でのイベントに行くため、東北の片田舎からやって来た旨を語ると、「ええ〜、そうなの!?乗り継ぎしないといけないんだ?でも明日、何話すのか分かんないんだよね」とフランクに接してくれます。仙台での「ジョジョ展」に行った事も話しました。……ついには、なんと握手までさせていただけたのです!20年近く夢中で読みまくってる作品を描き出した神の手と握手ッ!こんな光栄な事はありません。そして、ご迷惑をお掛けしてしまった事を謝り、そそくさとその場を失礼します。別れ際、先生は「お気を付けて」と声を掛けてくださいました。


――あああああああ……、ヤバイ……。心臓のバクバクが収まらず、体の震えが止まらない。あまりにも現実感のない、信じられない出来事に、脳ミソの処理が追い付きません。時間にして恐らく5分もなかったと思うし、記憶もなんか定かじゃないんですが、それでも言える事は「荒木先生はいい人」って事。インタビューの動画とかで見た通り、穏やかで優しい印象のある方でした。間近でお会いしても、やっぱ若々しくイケメンです。
出来るもんなら一緒に写真でも撮らせていただきたかったけど、イベント時でもない公衆の面前でそんな事はとてもお願いできません。サインにしても、最近は基本的に描かない事にしている、との事。どうやら編集サイドから止められているようです。オークションとかで売ったりする不届き者がいるせいでしょう。中には、バレバレな偽物を平然と売ってる輩もいますしね。よって、この荒木先生との邂逅を証明できる物は何もお見せできないワケなんですが、自分の中に「真実」があればそれでいいかな。
ちなみに、荒木先生の奥様(通称:チャミ様)とは、残念ながらお話できず。私と先生のやり取りをまったり見物してる感じでした。私としても気持ちに余裕がなく、会釈をするくらいがせいぜいでした。実は私、2007年11月に青山学院大学で行われた荒木先生の講演会と、2009年11月に東京大学駒場キャンパスで行われたチャミ様の講演会に行っております。生のお2人を拝見する事は初めてではありませんでした。でも、直接サシでお会いするとなると、もう全然違いますよ。なんか畏れ多すぎて、平常心など次元の彼方まで吹っ飛んでしまいます。


荒木先生とのお話を終えると、程なくして搭乗のアナウンス。やはり際どいタイミングだった。どうやら荒木先生の存在に気付いていたのは私だけだったようで、混乱もなく、お2人が搭乗できて一安心。ご夫妻の後ろ姿を見送った後、私も同じ飛行機に搭乗。縁起でもないけど、たとえこのまま飛行機が墜落しても後悔はないって気分です。
飛行機は無事、南紀白浜空港に到着。これからどうしようかとケータイをいじってたら、なんとちょうど再びご夫妻の姿が。お2人はイベント関係者らしき人と落ち合い、空港を後にするのでした。ありがとうございました!また明日、熊野でお会いしましょう!
そして私もタクシーを掴まえ、市街へ向かいます。この日は夢のような余韻に浸りつつ、白浜を歩き回って時間を過ごしました。



南紀白浜空港


その名前通りの
白い砂浜

千畳敷


円月島




そのB


<9月23日(日)>
昨晩は大雨が振り、今朝も天気は芳しくありません。雨の中、まずは白浜駅前にてレンタカーを借ります。と言うのも、目的地である熊野は、ぶっちゃけ交通の便がえらい悪いのです。電車は通っていない。白浜から車で1時間以上の距離であるため、タクシーではカネが掛かり過ぎる。バスは1日に3本程しか走っておらず、乗り遅れたら致命的。……そうなると、選択肢はレンタカーのみ。
山道を延々と走り続け、9時過ぎに熊野に到着ッ!熊野本宮大社を参拝したり、イベント会場の下見に行ったり、ちょいと腹ごしらえしたり。11時頃、改めてイベント会場に向かうと、さっそく行列が出来つつあったので並びます。私は10番目くらい。あとはひたすら待ち続けます。徐々に行列も長くなっていきました。けど、見た感じの印象として、荒木ファンがほとんどっぽい。こんなめっちゃ偏った客層になって大丈夫なんだろうか、とイベントにやや不安も覚えます(笑)。



和歌山での愛車

山道を走る

本宮大社

大斎原の鳥居



12時半、ようやく開場。と言っても、屋外に簡単なステージを作り、お客用のイスがズラッと並んでいるだけの会場ですが。私は2列目のほぼ中央の席をゲット。好位置をキープしたッ!しかも、昼になったら天気も回復。日射しが眩しいくらいだぜ。雨上がりの熊野、実に神聖で静謐。
1時15分頃、1台のワゴン車が走って来て、奥の方で停まりました。もしやと思い、目を凝らしていると、遠くで姿を現したのは荒木先生&チャミ様ッ!昨日はグレー系の私服を着ていた先生も、今日はスーツでビシッとスタイリッシュに決めています。グリーンのドレスを纏うチャミ様も、ディ・モールト美人です。他のお客さんも先生達に気付き、会場に興奮とどよめきが満ちました。関係者の方々との挨拶を済ませた先生も、席に着きます。
この地に600人もの人々が大集結!そして1時半、いよいよイベントはスタートしました!まずは神様にご挨拶って事で、宮司さんに倣った作法で全員一緒に参拝。で、その熊野本宮大社宮司である九鬼家隆氏による、笑いも織り交ぜた挨拶の後は、お待ちかねのトークイベントです。ちょっと遅れて来るはずだった茂木さんもギリギリで間に合い、司会者含む4名がステージに上がるのでした。





とうとうトークイベントが始まったワケなんですが……、正直言って、スムーズに進行したとはちょっと言えませんでした。そもそも主催者の和田さん、ゲストの2人に今日のトークテーマを話してすらいなかったっぽい雰囲気(笑)。私の誤解だったらすみませんが。荒木先生も茂木さんも、どんな話をすれば良いのか分からないという状況。……なるほど。昨日、荒木先生が言ってたのって、そういう意味だったのか。和田さんや司会者の方によって、ようやく今日のテーマが「日本再生」である事が全員に明示されました。
ただ、それ以降もなんとも微妙な空気の対談でした。最後まで、3人の話や個性が今いち噛み合ってなかった。和田さんは可愛らしくとても熱意のある女性なんですが、対談場所が場所だけに、何の話に対してもすぐ「神様」や「神道」に無理矢理結び付けてくるし。茂木さんは博識でユーモラスな方なんですが、話せばスゴく良い事を言ってくれる反面、それ以外の時はブラブラ歩き回ったりツイッターしたりと、とにかくフリーダムすぎるし。そんな濃い面子なので、誰かが話しても、あまり盛り上がらないまま、会話が成り立っていないまま、ブツ切りで終わっちゃう感じ。むしろ荒木先生が一番普通に見え、「こりゃ大変そうだなあ」とずっと心配してましたよ。
私にとって最も重要な荒木先生のトークにしても、過去のインタビューや対談で話されていた内容がほとんどで、新鮮な話はそんなに多くはありませんでした。和田さんが荒木先生や「ジョジョ」についてあまり知らないため、深い話まで引き出せずに終わってるというか。まあ、これは荒木先生のイベントではなく熊野のイベントですから、どうしてもディープな話には持っていけないんでしょうけどね。


とは言え、もちろん面白い話やタメになる話も色々聞けました。(メモとか取ってるワケじゃないんで、間違ってる部分もあるかもしれないけど。)
荒木先生と熊野との縁は、取材を兼ねて熊野古道を旅したというだけではなく、かつて「週刊少年ジャンプ」で連載されていた「てんぎゃん」という作品にまで遡ると言うのです。これは南方熊楠(みなかた くまぐす)の人生を描いた作品なのですが、彼は和歌山出身で、後年は田辺で暮らしていたようです。で、この「てんぎゃん」は荒木先生の初代担当編集者:椛島さんが担当した作品でもあったらしく、本当なら荒木先生にこの作品を描いてほしかったっぽい。そういった過去から、先生の中では熊野に特別な想いもあるみたいです。ちなみに和田さんは、熊野本宮大社の参拝だか寄付だかの名簿に荒木先生の名を発見し、ゲストとして誘う事にしたんだとか。縁とは不思議なものです。
前述の通り、和田さんが終始ああいう調子だった事もあって、「神様」「神道」との繋がりも聞けました。私も詳しくはないので知ったかで書きますけど、「神道」ってのは、山や海、川、木……等の森羅万象の中に「神様」を見出す日本固有の宗教。いわゆる「八百万(やおよろず)の神々」ってヤツで、自然や祖先達への畏怖と敬意が根本にあります。また、キリスト教や仏教などのように「○○教」とはならず、あくまで「道」を示すもの。人間の在り方や、正しい道理・真理を伝えるものなのです。これらの話だけでも、私は強烈に「SBR」を連想させられます。荒木先生も、「スタンドが傷付けば本体も傷付く」という設定は、「自然への敬意を忘れた行動をしてると自分に返って来る」という「神道」的な発想かもしれないと話していました。また、先生は「古事記」を読んだ事がないらしいのですが、和田さんに「古代のエロ本とも言われてますよ」と薦められると、興味津々になっていました(笑)。ひょっとすると、「ジョジョリオン」にも「古事記」の要素が加えられていくかも?
漫画を通じて重要なものが分かる、という話も荒木先生から聞けました。例えば、作ったキャラの両親がどんな性格で、どんな関係なのかを決めないと、そのキャラが動かせないらしい。それはつまり、現実においても同じ事が言えるはずだ、と。現実でも、両親や祖先との因果関係が、その人物を形作る重要な要素なんだ、と。そういった事を、漫画を描いていて気付かされる、との事です。なるほど。漫画を描きながら「運命」「真理」を感じ取れる先生、やはりさすがと言わざるを得ない。相対性理論をも絵に出来ると考えているくらいの人物ですから。
あとは、「SBR」のベースは「水戸黄門」だとか。そうなると、さしずめ鉄球が印籠か。外国かぶれっぽく見られるけど、荒木先生は日本人的感性を下地として、作品を描いているのです。それは荒木先生に限らず、他の漫画家もそうなのだと言います。たとえ「古事記」を読んでなくっても、日本人にしか描けない物語を描いていると。極端に言ってしまえば、漫画家は現代の日本神話を描いているのかもしれませんね。
そして、「神様」や「神社」というものに対する考え方もちょっと変わりました。ただ「祈る」「願う」だけでは何も起こらない。神社とは、神様に対して「誓う」「約束する」場所なんだ、と。心を整え、自分を律するために、「神様」や「神社」ってのは存在するんだな。いや、私は別に信心深くも何ともないし、神様が本当にいようがいまいがどっちでもいいんですが……、「神様」ってのは自分の行動や心を見つめる「もう1人の自分」なんだろうな、と思いました。神社にお参りするってのも、その「もう1人の自分」の存在を清く強くするためのキッカケの1つなのかな。そんなような事も、取り留めもなく考えていました。……そんで、それらもなんとなく「SBR」を彷彿とさせられ、やっぱ「神道」的な意識ってのは、日本人の心の根底に宿っているものなのかもと感じました。もともと「SBR」は原点回帰がテーマでしたから、期せずして「日本人の原点」にまで帰れたのだとしても不思議じゃありません。


対談が終了すると、書道家:金澤翔子さんによる揮毫。でっかい紙に「熊野」の二文字が、力強く書かれました。荒木先生はそれをバックに、チャミ様に写メを撮ってもらったりしてました(笑)。そして、宮司さんからの感謝状的な賞状が、荒木先生・和田さん・茂木さん・金澤さんに授与されます。
これにてイベントも終了。あとは各自解散となりました。……あれっ?てっきり荒木先生達が帰るのを拍手で見送り、それから解散……って流れになると思ってたのに。普通にそこにまだ荒木先生もいるよ?……当然の必然として、ファン達が群がる結果に。見ると、「SBR」の頃の担当編集者:井藤さんもいる事もあり、サインは許可されていない模様ですが、それでも握手はしてもらえてる。私も荒木先生の元へ行ってみました。すると、意外とあっさり再び握手できたのです!その際、「荒木先生!昨日は、ありがとうございましたッ!」と言うと、先生も私の事を憶えていてくださり、「ああ〜!どうも」とにこやかに答えてくれました。感無量。ただ、近くにチャミ様もいて、今度こそは挨拶しようと思っていたのですが、ちょうど他の人とお話されていて出来ませんでした。無念……。
大勢のファン達に見送られ、荒木先生は去って行ったのでした。いや〜〜、最高だった。来て良かった、心からそう思います。今回の対談を聞くにつけ、荒木先生の生き方はある意味、理想的だなと感じました。謙虚な気持ちを忘れず、先人達を尊敬しながらも、確固たる自分の道を切り拓き突き進む、誇り高きその姿。先生自身、特に意識はしてないんでしょうけど、対談で語られた「神道」や「日本」の心に通じるものがあります。そんな心を失う事なく、いろんな物事に対してバランスを上手に保っているからこそ、荒木先生はいつも若々しくエネルギッシュで、なおかつ紳士的でいられるのかもしれませんね。
和田さんは、ここ大斎原は子宮の形をしていて、鳥居までの道が産道になっていると話していました。つまり、鳥居から出る事で「再生」「生まれ変わり」にもなるって事です。言われた通り、そうしました。そして、新生の喜びと心地良い疲労感に包まれ、宿への帰路に就いたのでした。



金澤さんの書

イベント終了後

鳥居からの新生

清々しい





<9月24日(月)>
今日は最終日。日程的には、あと帰るだけです。ただ、昼の便で発つ予定なので、まだ時間は余っている。せっかくの機会だと思い、「南方熊楠記念館」へ行ってみる事に。そんなに離れた場所でもないので、すぐに到着。様々な植物が鬱蒼と茂る中、道を登って行くと、やがて記念館が見えてきます。
入場料400円を支払い、中に入りました。すると、受付のおばちゃんから、熊楠の一生のダイジェスト映像を見るように言われます。15分程度の映像で、熊楠という人物を大まかに知る事が出来、これから目にする展示物への基礎知識や興味も植え付けられるという寸法。実際、昔に伝記か何かでちょろっと読んでた程度だったんで、詳しい事なんてほとんど忘れていました。この映像のおかげで、改めて勉強できました。館内はさほど広くもありませんが、展示物はなかなかに充実。子どもの頃に書き写しまくった書物の数々、アメリカを旅した頃に使っていたトランク、親友・孫文からの手紙、昭和天皇とお会いした際に着ていたコート、熊楠が研究し続けた粘菌類、顕微鏡、臨終の際に取られたデスマスク……等々。本物がそこにある、というだけで奇妙な感動がありますね。
こうして見てみると、確かに荒木先生が描く「てんぎゃん」ってのも読んでみたいかも。「変人偏屈列伝」レベルでたった1つの事にのみ没頭していたってワケじゃなさそうですけど、荒木先生がうまくハッタリかまして誇張して描けば、かなりスリリングな作品になりそう。まあ、でも、やっぱし荒木先生には「ジョジョ」が一番しっくり来ますね。
屋上に上がると、そこに広がるは絶景のパノラマ。空と海が青々と輝いており、超キレイで爽やかな気分になりました。



記念館への入口

登って行く

記念館

屋上からの眺め



時間も迫ってきたので、記念館を後にし、空港へと向かいます。そして、再び羽田空港を経由し、無事に帰宅する事が出来たのでした。



――この和歌山への旅は、間違いなく一生の想い出となりました。何せ、荒木先生とお会いできたんだからな〜。大袈裟じゃなしに、生まれてきた甲斐があったってもんです。この時代に、この日本という国に、生まれてきて良かったですよ。我が人生は、ここで1つの完成を見たッ!そういう意味でも、自分は熊野で生まれ変わったって気分です(笑)。行き詰まった感のあるこの日本ですが、何があろうとも、今回の事を「誇り」にすれば生きていけるでしょう。それほど自分にとっては、大きな大きな出来事でした。ありとあらゆるものに、全ての「運命」に、感謝いたします。




管理人 熊野へ行く

完




(2012年9月25日)




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