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岸辺露伴は動かない
エピソード#02 六壁坂





2007年12月4日発売の「ジャンプSQ.」1月号(2008年)に掲載された、「岸辺露伴は動かない」の第2弾。以前の「岸辺露伴は動かない エピソード#16 懺悔室」から、およそ10年振りの新作読み切りです。う〜む、あれからもう10年も経ったのか……。
カラーで描かれたトビラ絵では、さっそく露伴先生の色気が炸裂。オシャレな白い衣服に身を包み、掲げた右腕の下から顔を覗かせ、静かに不敵に微笑んでらっしゃいます。なんというカッコ良さ。背景はグネグネと怪しく渦を巻き、その独特の配色からもおどろおどろしい不穏な空気が漂っていますね。そこから覗く真っ黒い空と青い月が全体を引き締めてる感じ。緑の樹木も、露伴先生のポーズとは逆にそびえていて、不思議な存在感があります。奇妙で恐ろしい話が再び語られるのだという予感を匂わせる、ミステリアスで魅惑的な絵でした。



露伴先生と新人編集者・貝森 稔(かいがもり みのる)くんの打ち合わせから始まる冒頭のシーン。とぼけた事を言い出す貝森くんに、皮肉を込めて答え、ド・スタールについて熱弁する露伴先生が登場。なんと露伴先生は27歳になっていました。つまり「ジョジョ」4部の1999年から数年の歳月が経過している模様。恐らく、現実世界と同じ2007年の杜王町なのでしょう。1979年生まれで、この作品が現実世界の時間とリンクしているとするなら、露伴先生は12月生まれなのかもしれません。……などと、どーでもいい考察までしちゃいました。
この漫画家と編集者のやり取りは新鮮で面白いですね。荒木先生の実体験が元ネタであるようで、生き生きしまくりです。そして、ファンサービスも忘れない荒木先生&露伴先生。なんと玉美と音石まで登場!この微妙な人選が笑えます。音石も出所して、真っ当にミュージシャンやってんのかな?ドリッピング画法でコーヒーでサインしてやる露伴先生が相変わらずスゴすぎる。つーか、コイツらは今頃になって、ようやくサインをねだったのか。「ジョジョ」祭りの現実世界と同じように、あちらの世界では「ピンクダークの少年」がちょいブームになってて、その影響でファンに目覚めたのかも?
更に畳み掛けるように、露伴先生の衝撃の告白!なんと妖怪伝説の取材のため、山を6つも買ったら全財産失って破産しちゃったとの事。「セーラームーン」のフィギュアも、「レッド・ツェッペリン」の紙ジャケも、「るろうに剣心」も、家も何もかも全部売っ払ってしまって、康一くんの家に泊めてもらっているという体たらく。康一くんも災難です。断ろうとしたら、「ふ〜ん、そうかい。わかったよ。君がアツアツのシチューを家族団欒で楽しく食べてる時、ぼくはたった1人、路地裏でゴミ箱をあさりながら寒さに震えてるだろうが、どうか気にしないでくれ。」とか言って、「もう〜、わかりましたよ…」と渋々OKする康一くんの姿が浮かびました。でも、漫画のリアリティのためなら、平気で全てを犠牲に出来る強い信念と執念は本当に憧れます。これでこそ岸辺露伴。些細な事で悩んでいるのがアホらしくなってくる程の前向きさですね!
ワガママで無茶苦茶な露伴先生に振り回され、「理解不能理解不能!」と重ちー状態の貝森くん。たった9ページなのに、2人の関係や個性が魅力たっぷりに描かれ、グイグイ物語に引っ張られてしまいました。最高です。そして、いよいよ露伴先生の口から語られる妖怪伝説




ページをめくるや否や、目に飛び込んでくる血まみれセクシー美女。ボーイフレンドを殺害したらしい彼女・大郷 楠宝子(おおさと なおこ)のショッキングな姿に、読者の興味が惹かれます。舞台は杜王町から車で2時間程の六壁坂村(むつかべざかむら)。その村の名家の娘である彼女に起こる恐怖の出来事。LUCKY LAND COMMUNICATIONSの皆さんが描かれる日本的な風景も情緒溢れてステキです。
楠宝子は婚約者がいるにも関わらず、釜房 郡平(かまふさ ぐんぺい)という「SBR」ファンと思しきボーイフレンドとも2股掛けていました。屋敷のゲストハウスにて、郡平と一緒にいる時に、その婚約者・修一が家にやって来たもんだから彼女は大慌て。カネをやるから、とっとと別れて消えてくれと。悪女です。しかし、なかなか帰ってくれない郡平を突き飛ばした事で、事態は急展開。ゴルフクラブで頭を傷付けた郡平は、なんとコロリと死んでしまったのです。そこに父親と修一がゲストハウスに訪れます。入って来ようとする彼らをいかにごまかし、郡平の死体をいかにして隠すか?そして、死体になった郡平の傷から何故か流れ続ける血。この血をいかにして止めるか?次々と迫り来るピンチで、どんどん絶望に追い込まれていく楠宝子。荒木先生らしい、丁寧でねちっこくエスカレートしていくサスペンス描写は見事でした。
死んでも血が止まらなかったらどうなるのか?しょっちゅう鼻血を出している荒木先生が抱いた疑問から生まれたという、この不思議で不気味なアイディア。あり得ない異常な現象の前に、翻弄されながらも必死に立ち向かう楠宝子の姿も、「人間讃歌」の1つの形でしょうか。彼女の心の揺れ動きは、リアリティがあって好きです。郡平の死を理解できずに混乱。「自分はどこにもいない」と現実逃避。死体を隠す方法を模索。郡平を縫う事には泣いて謝っても、自分の罪は認めない。そして、最後には「あたしを許して」と、全てを受け入れる。この心理描写の流れは、人間の心の弱さゆえの「悪」を感じました。
(ちなみに、登場人物達の名前の元ネタは、宮城県の地名です。「貝森」は、仙台市青葉区にある「貝ヶ森」。「大郷」は、仙台の北に位置する大郷町。「釜房」は、仙台の南に位置する川崎町の「釜房ダム」。)

なんとか修一の追及も免れた楠宝子は、予定通り彼と結婚。数年後には2人の子供にも恵まれ、それなりに幸福な日々を送っていました。しかし、郡平の血は決して止まる事なく、毎日300ccほど流れ続けます。楠宝子の寝室のクローゼット天井裏に郡平を隠し、ゲストハウスは証拠隠滅のためか取り壊し。彼の死体は腐る事もなく、水を掛ければ瑞々しい皮膚に少しの間だけ戻るとの事。心が燃えない平凡で退屈な結婚生活の中、楠宝子は郡平の死体を愛おしくさえ感じている様子。
そこへやって来たのが、我らが露伴先生!妖怪伝説の取材のため、この村に訪れたのです。たまたま見掛けただけの楠宝子にいきなり『ヘブンズ・ドアー』をかまし、勝手に記憶を読んで、郡平の事も知ってしまったそうな。「申し訳なかったけど」などと書いてはいますが、ここんとこは多分棒読みだと思います(笑)。なんとか郡平の正体と目的を解明しようと、屋敷への侵入まで企てていそうな露伴先生の前に現れた1人の女の子。走り去ろうとして思いっきりズッコケ、頭を打って死んじゃいます。そして、この子の血もまた止まらない!彼女はなんと、郡平と楠宝子の子供だったのです。(ちなみに、もう1人の子供も。)修一、哀れ!
取り憑かれそうになった瞬間、露伴先生はすかさず『ヘブンズ・ドアー』を発現!何故かデザインが変化してますが、この数年の間に、漫画家としてもスタンド使いとしても更に成長したって事なんでしょう。ともかく、彼女を「本」にして、完全に死ぬ前に記憶を書き込み、辛くも危機を脱出!この瞬間の彼女の姿は、人間のものではありませんでした。「ドシャアァアァ―――ッ」と奇声を発し、その顔もまさしく化け物。六壁坂の妖怪は実在したのです。




露伴先生が取材し、妖怪「六壁坂」と名付けた「彼ら」。その正体と目的とは、究極の怠け者でした。ずっとずっと昔から存在し、人間の愛と弱点に取り憑いて、全ての世話を人間にさせている。一切の苦労も責任も背負わず、子孫を残す事だけを目的とした生物。完璧な仮死状態になる事で、あらゆる行動も思考も必要としない。血が流れ続ける事によって、面倒を見続けてもらえ、次第に愛情まで抱いてもらえる。そのクセ、生物の本能に忠実に子作りだけは欠かさない。なんという都合のいい生物でしょう。露伴先生も危うく、彼女の究極ダラダラライフに人生を捧げるか、変態ロリコン殺人鬼として破滅するかという所だったようです。まあ、もしもうまく死体をどっかに隠して逃げおおす事が出来たなら、彼女も仮死状態を解除して、また別のターゲットを捜すだけなのかもしれませんが。
露伴先生はこれを突き止めただけで満足し、取材は完了。早々に帰って行きました。「観察して追跡するのが好き」「手掛かりを追う過程が楽しい」という荒木先生に重なりますね。妖怪の正体さえ分かれば、そいつらが何をしようが興味はないと。「謎」を解くまでがロマンであり、ホラーであり、サスペンスなのです。逆に言うと、荒木先生ならどんなくだらない物事でも、読者に「謎」を提示してスリリングに描いてしまうんでしょうね。
「妖怪」という未知の存在に対しても、明確な存在理由独特のルールを持たせる荒木先生の徹底振り。さすが遠野にまで出向いて「妖怪」を取材されただけの事はあります。オリジナリティーのある面白い解釈が読めて、満足・納得の出来でした。インタビューでは「杜王町の物語をまた描きたい。あの町に何かを投入したい。」と発言されていましたが、その「何か」が妖怪であってほしいな。以前、掲示板でもちょこっと書いたけど、杜王町は超能力者も殺人鬼も幽霊も宇宙人(自称)も溶け込んでいる町です。妖怪だろうと何だろうと包み込んでしまう器のデカさが杜王町にはあると思うんです。今回のエピソードを読んで、ますますそう確信。「杜王妖怪奇譚」、是非とも読みたい!密かに期待してます。


ただ、今回は正直「岸辺露伴は動きすぎ」でしたね。「懺悔室」の時は単なるストーリーテラー的役割に徹していたのに、今回はやたらアクティブでした。こういう「ジョジョ」から離れた読み切り作品で、「ジョジョ」の設定であるスタンドを使うっていうのはどうかと思ったり。ラストも意外に淡々と終わっちゃいましたが、最後にもう一度、現実時間に戻って来てほしかったです。貝森くんのリアクションが見たかった。破産した露伴先生がどうなるのかも、ちょっと気になります。
まあ、結果的には誰1人として不幸にはなっていない、自分なりにそれなりの幸福を感じているハッピーエンドの物語でした。幸せの形ってのは、人それぞれ。他人がとやかく言うもんじゃありません。その割には、あんまりハッピーな読後感がしない辺りが、荒木先生のヘソ曲がりな性格が表れています。何はともあれ、久しぶりに会えた露伴先生に充分楽しませてもらいました!シリーズ物として、たまに描いてくれると嬉しいですね。




2013年11月19日発売の「岸辺露伴は動かない」コミックスに、このエピソードも収録されました。それに伴い、エピソード#02として正式に採番されました。そんなワケで、こちらもエピソード・ナンバーを追加しておきます。




(2007年12月8日)




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