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岸辺露伴は動かない 短編小説集(4)





「ジョジョ」連載30周年であった2017年!記念企画の一環として、気鋭の作家陣による「岸辺露伴は動かない」の短編小説が書き上げられました。それらの作品は、月刊「ウルトラジャンプ」付録の小冊子にまとめられたのであります。どれもが素晴らしい作品で、翌2018年には2冊の単行本となって発売。そしてあれから数年の月日が流れた2021年、久々の第4弾が刊行されたのでした。「ジョジョ」が載っていない間も「ウルジャン」を買わせようという魂胆でしょうが、まんまと11月号(2021年)は購入しちゃいましたよ。
収録された物語は全2編。北國ばらっど氏の「黄金のメロディ」「原作者 岸辺露伴」。北國氏はもう、この企画ではすっかりお馴染みの常連さんですので、クオリティーは疑いようもありません。
……この2つの短編については、今回も、それぞれ個別にあらすじと感想を書いていきたいと思います。では、どうぞ。








黄金のメロディ



(あらすじ)
その日、女性編集者:泉 京香と初めて顔を合わせた露伴。態度から口調から、とにかく癪に障る部分が多すぎる京香にイライラしながらも、彼女が持って来たハガキに話題は移る。それは露伴に宛てた招待状だった。差出人は「サカモチレコード」。その店は、西日本T県の坂持という田舎町にある。7年前、露伴はそこを取材で訪れ、オーディオ機器を購入していた。その時、店主の伊坂 恭明 (いさか きょうめい)が真剣に見立ててくれ、好きなバンドなんかの話をしたりもしたのだった。
招待状は日時の指定までしていた。1週間後の午後4時頃。京香が調べたところによると、それは25年ぶりの「金環日食」が起こる日時。その上、坂持は最近、急に過疎化しており、消滅集落一歩手前という異常事態らしい。この奇妙な招待状、面白いネタに出会えるかもしれない。京香がそのために持って来たのだ。

露伴は京香と共に、坂持を訪れる。町には人1人いない。静かすぎる。町中なのにスマホも圏外。動物の姿さえ見えず、何者かに殺害されたような猫の死骸まで転がっていて、京香が絶叫する。そこに、路地の向こうから音楽が聞こえてきた。だんだんと近付いてくる。やがて、それは現れた。「オーディオ人間」とでも呼ぶべき、異形の怪物。様々なオーディオ機器が人間の肉体に組み合わさった存在。その「怪物」は、合成音声を繋いだような無機質な声で『<ノイズ>が居る』とつぶやくと、悲鳴を上げる京香の喉元を掴む。
すると、京香は突然、歌い出した。いや……、「怪物」の掌はスピーカーになっていて、彼女の肉体に音楽を響かせ、増幅器として使っていたのだ。京香はその音楽のリズムに合わせて躍っている。あまりにもシュールな光景。「怪物」はようやく露伴の存在に気付き、話し掛けてきた。京香の声が耳障りだから消しに来たようだ。いつの間にか窒息で死にそうになっていた京香に、ようやく気付く。あの音楽は聴いていると気持ち良く、危害を加えられているのに苦痛や恐怖を感じられなかったのだ。それが、途方もなくタチが悪い。京香に「三時間静かに気絶していろ」と命令を書き込むと、彼女は解放された。
「怪物」は、伊坂恭明の変わり果てた姿であった。彼は、露伴を案内して進みながら、この7年の間に起こった事を語る。7年前の露伴への接客を通じ、彼は初めて何かに真摯に向き合う喜びを知った。オーディオのプロフェッショナルになる事を決意した。そして、純粋な音の響きの邪魔・抵抗になるものを、とことん無くしていく事を追求し続けた。それはただ、良い機器を揃えるだけではない。部屋の掃除やホコリの除去から始まり、衣服も脱いで全裸に。さらに、微弱な電磁波を発する室内照明も、自分の耳カスも、空気の揺らぎを起こす空調も、筋肉や脂肪も、音を吸収してしまう体毛も、スマホの電波も、車の走行音も、文句がうるさい近隣住民も、資産を運用させない親族も、何もかも全て「ノイズ」として排除した。「音」とは「波」であり、「波」とは根源のエネルギー。魂を解放する生命エネルギーなのだ。それを妨げる要素は全て取り除く。その思想こそが、彼の求める真のピュア・オーディオであった。

「黄金比」というものがある。人類が美の追求の中で見付け出した完璧な比率。無限の力を内包した比率。音にも「黄金比」が存在し、その「黄金比音律」を組み合わせて作った曲こそが「黄金のメロディ」
恭明の案内で「サカモチレコード」に到着する。ここもまた、音響のために随分とリフォームされていた。奥の部屋には高価な設備がセッティングされ、さながら小型のコンサートホールであった。しかし、恭明が言うには、これでもまだ不十分。普通のやり方では、地球上で聴く限り、「ノイズ」を100%除去する事は出来ないのだ。だが……、恭明には自分の理論への確信があった。彼は手に入れていたのである。「黄金のメロディ」が録音された1枚のレコードを。それを聴いたからこそ、彼は変貌した。そこに刻み込まれた音を正しい形で再生する事に、命を懸けるようになったのだった。
正しい「再生」とは、金や技術だけの問題ではない。その音が生み出されたのと同じ環境を「再現」する事。「黄金のメロディ」がレコードに録音された時、それが「金環日食」の時だった。太陽と月、この2つの天体が重なる時……、太陽からの電磁波と月からの引力が釣り合い、「力の穴」が出来る。一切の「ゆらぎ」も「ノイズ」も発生しない、完全にクリアな環境が出来上がるのだ!
不完全な再生でも、露伴も京香もあんな状態になった。これを100%純粋な形で聴いてしまったら、どうなってしまうのか。『ヘブンズ・ドアー』を構え、恭明を止めようとする露伴。しかし、露伴は気付いた。ケーブルがスピーカーではなく、恭明の耳に当てられたヘッドホンに繋がっている事に。彼が露伴を招待したのは、「黄金のメロディ」を聴かせるためではない。聴くのは恭明だけ。ただ彼は、自分がどこに辿り着いたのかを、露伴に話し、伝え、残したかったのだ。知ってほしかったのだ。2人は穏やかに最後の会話を交わし、恭明はレコードに針を落とした。


―― 恭明の魂は音に溶け合って消えた。彼の体を「本」にすると、まだ辛うじて内容を読み取る事が出来た。「黄金のメロディ」とは、「金環日食」が宇宙からもたらした音を聴いたアメリカのミュージシャンが、インスピレーションを受けて作った曲だったのだ。彼らは正気を失い、取り憑かれたように1枚のレコードを残した。それを恭明が落札したのだった。
日食も音楽も終わり、恭明の生命も終わる。漫画にも終わりはある。だが、続いていくものもある。また新しいネタを探し、新しい漫画を描き続ける。その追求の旅は、まだまだ終わらない。



(感想)
「『金環日食』の話とか」「どお?」 「富豪村」の冒頭で、露伴がつぶやいた一言。たったこれだけのキッカケから、よくぞここまで話を膨らませたものだと感心させられました。伊坂恭明の生まれ育ち、露伴の仕事への姿勢、無限のエネルギーを内包した「黄金比音律」、それが録音されたレコード、音を妨げるノイズ、それをクリアにする最後の装置「金環日食」。そんな個々の要素や設定がうまく噛み合って、滑らかに機能しています。妙な説得力がありました。「音楽」というテーマも、今までありそうで無かったですし。見事でした。
このエピソードは、露伴と泉京香ちゃんとの出会いの話でもあり、年末に新作放送を控えたTVドラマ版への気遣いも窺えます(笑)。でも、京香ちゃんは原作でももっと見たいキャラなので、原作ではないにせよ、こういった形で彼女に会えた事は嬉しかった。やっぱりイイ性格してるな。明るくて、可愛くて、図太くて、タフで、意外と本質を突いてきて。漫画的に見て、露伴との相性・バランスが良すぎなんですよ。しっくり来るコンビ。なんだかんだ文句言いつつも、露伴もけっこう編集者として認めてますもんね。

そして、今回のゲストキャラというか、主役とも言える伊坂恭明。彼の歩んだ人生と結末は、なんとももの悲しくて切なかったです。いかにもな金持ちのボンボンが露伴と出逢った事で、自分の仕事に真摯に向き合う事を学び、「音」をどこまでもひたすらに追求。それがエスカレートし過ぎて、行き着くところまで行っちゃって、とうとう怪物と化す。「音」の邪魔になるものは全て排除し、町1つを滅ぼしてしまう。正直、この辺までは早い段階で予測できましたが、彼の本当の願いは予想外でグッと来るものがありました。
人生で何かを成し遂げ、自分に胸を張りたい。そして、それを誰かに見届けてもらいたい。知ってもらいたい。伝えてもらいたい。自分の生きた証をこの世に残したい。その想い自体は、きっと誰もが抱いているものでしょう。自分が狂っている事は分かっていても、それでも、その想いを果たすために突き進むしかなかったのでしょう。無論、彼は自分の願いを叶えるために無関係の者達を犠牲にしてきたワケで、間違いなく「悪」と言えます。ただ、彼の「真摯さ」や「純粋さ」だけには敬意を払いたいと思います。
露伴が戦う事も危機に陥る事さえもなかった珍しいエピソードだったので、物足りなさを感じるかもしれませんが、露伴と恭明の雰囲気が好きなんですよ。あまりに会話ばっかりで淡々と進行していくもんだから、「コレ、ちゃんと盛り上がるのかな?」なんて心配もしちゃったけど……、その「会話」こそが恭明が最後に露伴に求めていた事だったってのがね。なるほど、となったのですよ。旅立つ者と見送る者が静かに交わす言葉、恭明の最後の「ノイズ」、ウェット過ぎずドライ過ぎない空気、全てが良かった。こういうエピソードも、悪くない。

ラストシーンが「富豪村」のオープニングに繋がるってのも、憎い演出でした。あの何気ない会話の裏側に、これほどのものが秘められていようとは。
ある意味、恭明と露伴は似た者同士だったのかもしれません。恭明は「音」を、露伴は「漫画」を、善悪すら超えて追求する。ともすれば、露伴も恭明と同じ道を行きかねない。でも、「他人」を排除するのではなく、しっかりと向き合える限りは大丈夫。何せ、彼にとって「漫画」とは、読者と言う「他人」に読んでもらうためのものなのですから。
ただ、「動かない」シリーズである以上、問題をスッキリ解決しない方が良かった気はします。露伴は当座の危機をしのいで切り抜けるだけで良く、根本の問題は残り続け、今後の不穏さを予感させるぐらいが相応しかったと思います。例えば、「いくら探してもあのレコードが見付からない」とか、「今回の金環日食でまた誰かがインスピレーションを受けてしまった」とか、そういう不吉な含みがもうちょい欲しかったかな。








原作者 岸辺露伴



(あらすじ)
露伴は杜王グランドホテルのレストランで、白原 端午 (しろはら たんご)と食事をしていた。彼は露伴がかつて世話になった編集者で、今は別冊ジャストの編集長。露伴の過去作「異人館の紳士」の新装版の提案や、実写映画化の話を持ち掛けてきたのだ。
ところが、新装版については感謝する露伴だったが、実写映画化は断固として拒否。白原は必死に露伴を説得するも、拒否するのは実写化を嫌っているからではない。恐れているからだ。実は7年ほど前、露伴は「異人館の紳士」の実写ドラマ化にOKを出していた。撮影現場の取材を条件に。しかし、そのドラマは放送される事なく撮影中止となった。原因は事故と言われているが、全てを知っている露伴は白原に語り始める。「―― <異人館の悲劇>は<事故>じゃあない。<祟り>だ」

実写ドラマの撮影は、西日本の海岸の崖にそびえる大きな洋館で行われ、順調に進んでいた。取材の方も、プロデューサー兼ディレクターの北本 壮介 (きたもと そうすけ)の協力もあり、業界ならではの様々なルールや用語などを学ぶ事が出来た。そして、TVを見ているだけでは分からない、俳優の素の性格なんかも。主役の「紳士」役を演じる若手俳優の國枝 原登 (くにえだ はらと)は、演技力は原作者の露伴も認めるほどだが、気位が高く、こだわりが強すぎる。その日も、飲み水を間違えて用意した小太りのADにキレて、罵詈雑言を吐き散らしていた。
撮影は問題なく続く。……ところが、残暑厳しいある日、國枝は異常な喉の渇きを訴える。なんと、体中の穴という穴から水分が流れ出し、彼の肉体はカラカラのミイラのようになってしまった!そこに現れたのは、「異人館の紳士」に登場するキャラクター「怪人オロボグ」であった。露伴は自らの懸念を北本にぶつける。まさか、「オロボグ」のエピソードをカットしたのではないか?パニックになって逃げ出す北本も、ミイラとなって崩れ落ちる。「―― <ないがしろ>にしたからだ」。「オロボグ」はそう語る。
「オロボグ」とは、かつて露伴が取材した伝説から生まれた存在だ。明治時代、水の呪術を使う家系だったがために迫害を受けた男。彼は自分を受け入れなかった土地に「呪い」を掛け、その土地を枯れ果てさせたという。この世に実在した男を元ネタにし、露伴がキャラクターとして創り出したのが「オロボグ」だった。そして、この「オロボグ」は「紳士」に足を掬われ、元ネタの史実と同じく「電気椅子」にかけられて感電死するのである。……そういった情報が、ここに現れた「オロボグ」を「本」にしても書かれてあった。そして同時に彼は、小太りのAD:尾原 夢生 (おばら ゆめお)でもあったのだ。尾原はもともと俳優志望で、薬物事件で逮捕された役者の代わりに「オロボグ」役を演じたがっていた。だが、北本も國枝も、そんな彼をバカにして「ないがしろ」にした。やがて彼は、自分と「オロボグ」を同一視し、まさに「オロボグ」の化身となってしまったのである。
『ヘブンズ・ドアー』で命令を書き込もうとするが、それは自殺に等しい行為であった。命令を書き込むという事は、「オロボグ」の存在をないがしろにする事に他ならないからだ。そんな事をした時点で、「オロボグ」の怨念によりミイラと化してしまうだろう。撮影を放棄して逃げ出したスタッフ達も、みんなミイラになった。こうなっては、「原作者」である露伴が、正しい結末まで「筋書き」を導かなければならない。最悪な事に、「オロボグ」のエピソードをカットしたため、「電気椅子」のセットは用意されていなかった。しかし、電気を通すオレンジジュースと切断した電気コードで通電の道を作り、ジュースを吸い取った「オロボグ」を感電させる事に成功ッ!
ところが、やはり「電気椅子」でなければ倒せない「筋書き」。代替案などというものに逃げた露伴も、ないがしろにしたと見なされ、どんどんミイラ化していく。周囲の水分までもが片っぱしから奪われ、床や壁も乾燥し家鳴りの音が響く。怯える露伴は、そこにあった紙を必死に投げ付けるが、「オロボグ」は構わず向かって来る。絶体絶命!しかし、「オロボグ」は足を滑らせ、そのままディレクターズチェアに座ってしまった。その瞬間、「オロボグ」は感電し動かなくなった。ディレクターズチェアは、業界用語で「電気椅子」と呼ばれる。そして、「オロボグ」に投げ付け、周りに散らばった紙屑は「紳士」役の國枝を「本」にし、破り取ったページであった。主人公に足を掬われて、電気椅子で感電する。それが筋書き通りの「オチ」なのだ。


―― 露伴の話が終わると、白原は呆然としていた。集団熱中症として処理されていた事故には、そんな真相が隠されていたのだ。漫画の中で「オロボグ」に殺されたキャラがいなかったおかげで、幸い死者こそ出なかったものの、後遺症が残った者もいた。
白原も出版業界で生きる人間。元ネタにした存在に祟られる現象、創作におけるタブー、そういうものを決して軽視してはいなかった。だから、単なるオカルト話と笑う事は出来ない。しかし露伴は、新装版に関しては頷いた。自分が描いた作品そのものへの責任を取るだけではなく、もう一度読みたいと思ってくれる読者への責任も取らなければいけないからだ。漫画である限りは、露伴の手綱から離れはしないのだから。去って行く露伴を見送ると、白原はふと気が付いた。あんな話を聞いた後では、新装版でヘタに改変やアレンジなど提案できない。かと言って、新装版の話を無しにしても、「オロボグ」をないがしろにした事になってしまうかも。再び世に出すからには、どれほど責任を持って真剣に向き合わなければならないのか、ようやく理解したのであった。



(感想)
まず、導入部が「動かない」っぽくて最高でした。これからどんな怪談が語られるんだろうっていうワクワク感もハンパないし、露伴とは正反対の白原さんのキャラが強烈で面白い。2人の会話だけで十分に成立しちゃいます。「くしゃがら」の志士十五といい、北國氏はこういうの得意ですよね。
しかも、その内容が漫画の実写化を巡る話ってのも、いかにもありそう。実写化も色々ですからねぇ。荒木作品にしても、「ジョジョ」4部の映画化と、「動かない」のドラマ化とでは、世間の評価は真逆だったし。とは言え、露伴が実写化を断る理由が、実写化そのものの否定ではないところが良かったです。プロフェッショナルの責任と誇りある仕事には、露伴は等しく尊敬の念を抱くでしょう。

これは、軽々に踏み入ってはいけない領域の話。「元ネタ」である伝説や伝承、それを蘇らせた露伴の「漫画」、そして、その存在を演じる「役者」。それらの結合によって生み出された「祟り」「呪い」。閉ざされた「異界」とも言える撮影現場や、何よりも「リアリティ」を重んじる露伴の作風からして、こういう出来事は本当に起こりかねない気がしてきます。そう思わせるだけの設定や組み立てが、非常に丁寧で絶妙でした。プロデューサーの北本さん、「紳士」役の國枝、「オロボグ」と化すADの尾原……、この3者の性格と関係性が説得力を増してくれていました。
また、この「怪異」のルールも明確で分かりやすく、しかも荒木作品らしさもあった。自分の存在を「ないがしろ」にした者に襲い掛かる。その恨みの念はいかにも強烈そうですし、なんと言うか、実写化では特によく起こりそうな問題ですもんね(笑)。結局のところ、「敬意」や「礼儀」をおろそかにしちゃうとロクな事にならないのです。さらに、この「ないがしろ」にしてはならないというルールが、『ヘブンズ・ドアー』封じにも直結し、なおかつ「筋書き」通りという『ボヘミアン・ラプソディー』っぽい「運命論」的要素にも繋がり、「オロボグ」とのバトルを盛り上げてくれました。いやはや、とうとう自分のキャラクターとまで戦うハメになったか。まぁ、ぶっちゃけ「電気椅子」のくだりは、あまりにピンポイントで都合良すぎにも思いますが……、水分を奪う「オロボグ」の設定や、独特の業界用語を巧く結び付けた逆転劇ではありました。
ラストの締めも、安易な改変や規制に対する皮肉が効いてて、ニヤリとさせられます。内と外への「責任」、作品・商品を世に出す者はそれを果たさなければならない。そんな当たり前の事を当たり前にやれるからこそ、露伴は「漫画家」であり「原作者」なのです。


北國氏は毎度の如く、荒木先生の原作との繋がりをちょいちょい差し込んできます。今回もご多分に漏れず。「六壁坂」「密漁海岸」「月曜日 天気-雨」の話にも触れていましたし、『ミラグロマン』の話まで入れていました。ちなみに「黄金のメロディ」では、「黄金の回転」や「純粋酸素」、チンチロ勝負、吉良との戦いなんかも。私個人はあんまりそーゆー露骨なのは好みではないんですが、きっと、これも原作や荒木先生への敬意の表れなんでしょうね。自分が小説を書く立場だったら、私も同じような事をしたくなっちゃうのかもしれないし(笑)。
あと、スッゲーどうでもいい事なんですけど……、「白原端午」 「國枝原登」 「尾原夢生」と、何故かこの物語の登場人物に「原」の字が付く名前が多いのが気になりました。「原作者」の「原」って事?あ……、単にそれだけの話です。





―― やっぱりこの企画に外れは無し。どちらも面白かったです。対話が中心となった「黄金のメロディ」と、バトルがメインの「原作者 岸辺露伴」。異なる個性があって、飽きる事なく楽しんで読めました。北國氏は完全に、「動かない」シリーズを我が物としてますね。自分なりの作り方を会得してる感じ。ちゃんと露伴の身の周りで起こりそうな事件を考え出し、そのキッカケからディテールから締め方から、しっかりとまとめ上げて世界を構築できています。これって、さりげにスゴイ事だと思いますよ。
さあ、こうなったらまた新たな単行本が発売できるように、第5弾、第6弾とやっちゃいましょう!期待してますよ、集英社さん!(笑)




(2021年10月24日)




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