TOP  戻る



岸辺露伴は叫ばない 短編小説集





2017年、「ジョジョ」連載30周年記念企画の一環として、気鋭の作家陣による「岸辺露伴は動かない」の短編小説が書き上げられました。それらは小冊子にまとめられ、月刊「ウルトラジャンプ」の付録となったのです。この企画、どうやらかなり好評だったらしく、第3弾まで続きました。そして翌2018年……、これら7話分に、新たな書き下ろし短編2話を加え、分冊して連続刊行が決定!6月19日に発売された第1巻が、この「岸辺露伴は叫ばない 短編小説集」です。う~ん、ぶっちゃけ微妙なタイトル(汗)。
表紙イラストは荒木先生描き下ろしッ!露伴のイカしたラフ画です。元々の付録小冊子も表紙はラフ画だったので、それを踏襲した形。タイトルも表紙もコミックスと差別化できており、勘違いして買っちゃう人はいなさそう。しかし、挿絵が皆無なのは残念でした。想像力を働かせる余地があるのは良いけれど、やっぱり荒木先生の絵が見たいってのが本音なんですよね。

さて、収録された物語は全5話です。北國ばらっど氏の「くしゃがら」吉上亮氏の「Blackstar.」宮本深礼氏の「血栞塗 (ちしおりみどろ)」維羽裕介氏の「検閲方程式」。そしてラストを飾るは、北國ばらっど氏の新作「オカミサマ」
新作以外の物語については、すでにあらすじと感想を書いていますので、こちら ↓ をご覧ください。



「くしゃがら」「Blackstar.」岸辺露伴は動かない 短編小説集(1)


「血栞塗」岸辺露伴は動かない 短編小説集(3)


「検閲方程式」岸辺露伴は動かない 短編小説集(2)



……というワケで、以下、「オカミサマ」の方もあらすじと感想を書いていきたいと思います。ではでは、どうぞ。








オカミサマ



(あらすじ)
露伴は、馴染みの税理士事務所に相談に訪れていた。顧問税理士:坂ノ上 誠子(さかのうえ せいこ)は、33歳の若き敏腕女性税理士である。だが、ヒステリックな性格の彼女は、漫画の取材のために山を6つ買って破産した露伴の金銭感覚に激怒。彼女が怒りにまかせて投げたボールペンは、狙いが外れ、領収書の束に命中。落ちたそれを露伴が拾い上げると、その領収書の宛名欄が目に入った。そこには、奇妙な名前が書かれていた。「オカミサマ」、と。
領収書を取り返そうとする誠子の剣幕は、まるで危険物への対応にすら思える。その異常な態度に好奇心を刺激され、露伴は彼女に「オカミサマ」について訊ねた。彼女が言うには、「オカミサマ」とは貨幣で価値を量る世界の裏ワザ。契約書や領収書など、お金の取引を表す書類の相手先を「オカミサマ」にすると、お金を払わなくても済むらしい。詳細を聞こうとしたところ、彼女に電話が掛かって来た。長電話になりそうだし、「オカミサマ」の概要だけは聞けたので、露伴は席を立つ。結局、「月の土地」の購入代は取材費に出来るのかという相談は、また今度。

その日、露伴は出張で東京へ向かった。編集部に原稿料を前借りさせてもらう代わりに、サイン会のイベントに参加せざるを得なくなったのだ。ようやくイベントを終え、打ち上げの誘いも断り、フラフラと街をひとり歩く。ふと誠子とのやりとりを思い出し、本屋で適当な本を購入。……その際、領収書の宛名を「オカミサマ」と書いてもらった。知らない事を知るには、体験する以上の手段はない。すると、確かに1銭も支払う事なく、本を受け取る事が出来た。「オカミサマ」の本質は運命操作だ。そもそも、お金を払う必要がない流れに変化するのだ。
ホテルに戻り、食事を済ませた露伴は、漫画のプロットを練ったり本を読んだりして過ごしていた。そして、日付が変わる頃、コンビニに行くためにエレベーターに乗る。その時、露伴の体に異変が起こり始めた。今朝、深爪してしまったばかりの爪が伸びている。かと思えば、突然縮み、また伸びる。背中に走る悪寒に振り向くと、そこには小さな「赤子たち」がびっしり背中に群がっていた!足がなく手が6本の、エメラルドグリーンの肌の、親指サイズの、「赤子たち」。駆け足ほどのスピードで這って来るそいつらを必死に振り切り、辛うじてタクシーに乗り込む。


遠くへと走るタクシーの中、露伴は自分の肉体に起きた違和感の正体に気付いた。20歳前後に若返っている。時は金なり。あの「赤子たち」は、露伴から「時間」を奪っていたのだ。これが「オカミサマ」。「金銭」を踏み倒した対価として、「時間」を取り立てる存在。
領収書を改めて確認したところ、金額と摘要が変わっていた。書籍代だけではなく、レストランでの食事代やこのタクシー料金まで追加されている。さらに「決済期限 本日中」の文字も。「オカミサマ」は、使った時点からその日が終わるまでの間ずっと、すべての支出を加算して立て替え続けるのだ。しかも悪い事に、タクシーは高速道路に入っている。止まる事も下りる事も出来ず、料金はどんどん加算されていく。領収書を破いて破棄しようとしても、領収書へのダメージは自分にそのまま返って来る。
タクシーメーターからも「赤子たち」が湧いて出て来た。ATMで下ろした貯金で支払えないかとも思ったが、「月の土地」を口座引き落としで買っていた事を思い出す。貯金は無い。もはやこの負債は、露伴の返済能力を超えていた。「赤子たち」は語り掛ける。1円につき1日いただく、と。それが運命を捻じ曲げた対価だ、と。合計金額はすでに8万円に達している。つまり、8万日、220年だ。そんな「時間」を取り立てられたなら、露伴は「破産」する。即ち、「死」。それどころか、債務者本人が死んでも、両親や親類縁者にまで遡って返済を「肩代わり」する事になるというのだ。露伴はもう、詰んでいた。

「赤子たち」からの無慈悲な徴収が始まる。露伴はどんどん「時間」を奪われ、中学生くらいの年齢にまで若返っていた。頼みの『ヘブンズ・ドアー』も、群れをなす「赤子たち」が相手ではキリが無い。窮地の露伴は、最後の手段を使う!困った時は専門家に訊くのが一番!そう、坂ノ上誠子に電話を掛けたのだ。夜中に起こされた彼女はやはり激高していたが、事態のヤバさを理解すると、適切な解決法を教えてくれた。すぐに編集者の誰かに連絡を取り、領収書の金額以上の報酬の「仕事」をもらう事。お金を稼ぐ「未来」が確定したなら、それによって返済が可能になる。
だがその代わり、「オカミサマ」に支払ったからには、その「仕事」で描くはずだった漫画は永遠に描けなくなる。とは言っても、漫画のネタ1つと命を比べたら、死ぬよりよっぽどマシのはず。しかし……、露伴は躊躇う事なく断った。「面白い作品」を生み出すネタは、何にも代えられない財産だ。「面白い作品」だから、読者に読んでもらえるのだ。絶対に「面白い作品」になると分かっていて、それを自ら捨てる事など出来ない。
露伴はすでに小学生くらいになっていた。絶体絶命!ところが、彼の目は「未来」を見ていた。誠子が言うように「未来」を対価に支払って良いのなら、今まさに「未来」が見えた。タクシーをサービスエリアに走らせる。そして、駐車場に停まるや否や、運転手はいきなり露伴をボコボコに痛め付けた!露伴は運転手に、『ヘブンズ・ドアー』で命令を書き込んだのだ。「岸辺露伴を、死なない程度に殴りつける。ただし、漫画は描けるように、目や手は絶対に避けること」、と。「慰謝料」として、領収書の金額ピッタリでチャラにする。示談が成立し、お金を得る「未来」は確定。「赤子たち」は戸惑いながらもルール通りに返済に応じ、どこかへと消えて行った。領収書の宛名も消え、金額はゼロ円になっていた。


―― 後日。あれから露伴は、タクシーではなく救急車でサービスエリアを出る事となった。体はまだ痛むが、仕事は出来る。「オカミサマ」との遭遇によりインスピレーションを掻き立てられ、ノリノリで新作を仕上げていた。
居候先の広瀬康一の家に、露伴宛の郵便物が届く。それは誠子からの請求書。深夜料金に特別相談料として、なんと50万円もの請求だ。愕然とする露伴。いい漫画を描くのは何より大切ではあるが……、出費をなるべく抑えようと思う真っ当な金銭感覚が、露伴の中にほんの少し芽生えるのだった。



(感想)
まさしく「時は金なり」「タダより怖いものはない」を体現した、恐るべき物語でした。領収書というごく身近な物を使っての、シンプルながら面白いアイディアです。「オカミサマ」って言葉の響きや字面も、なんか都市伝説的でおぞましい謂れがありそう。事実、債務者本人のみならず家族ごと消されかねない、予想以上の危険度!この話に限らず、些細な違和感から始まり、事態が徐々にエスカレートしていく様は荒木チックで良いですね。しかも、1つ1つの危機がちゃんと自然に連続・連動しているのが巧いなぁ。【 領収書を破く ⇒ 額が切れて出血 ⇒ シートが血で汚れる ⇒ さらなる負債 】っていう流れとかね。
「赤子たち」のビジュアルも、想像するとかなりマジでキモい。便座の裏にびっしり大集合した「ゴールデンゴールド」のフクノカミみたいで、ゾワッとします。しかも、本人にその気がない物まで勝手に加算され、ロクに説明もないまま取り立てられるという極悪さ・理不尽さ。ほんの365円で1年奪われる、1円=1日というエグいレート。ビジュアル以上にヤバすぎます。ヤツらは何者なんでしょうね?そもそもの由来は何なんでしょう?運命を捻じ曲げた帳尻合わせを実行する、神そのものなのか?あるいは、神の使いか?それとも、人の心が生み出した概念やルールの具現なのか?……凡人には計り知れません。

露伴が電話で誠子に助けを求める展開は、最初は正直どうかと思いました。自分の危機は自分で切り抜けてこそ、ですから。でも、誠子の提案を断って、あくまで「面白い作品」を描こうとする露伴に「そうそう!」「それでこそ露伴だよ!」って手のひら返ししちゃいました(笑)。誠子も誠子で、「プロ」としての姿勢や挟持に好感が持てますね。色々言い合ってても、露伴とはプロフェッショナル同士の絆というか、信頼みたいなものが感じられるのもイイ。
そして、タクシーの運転手に自分をボコらせて慰謝料でチャラという、理屈は通ってるけど力業な解決!(まぁ、最終的には記憶を失うとは言え)読者としても少し気の毒に感じましたが、そのために運転手をあえてムカつく男として描いていたんでしょうね。それに、運転手の身の上話が「慰謝料」という攻略法の布石にもなっている。無駄のない構成です。
ラストのオチもしっかり効いてます。平和で微笑ましい終わり方です。でも、露伴にとっては恐怖のバッド・エンド!お金はキッチリ請求してくる、したたかで抜け目ない誠子でした。さすがの露伴も少しは反省したかな?でも、結局は変わらなそうだし、変わってほしいとも思えません。漫画のためなら、躊躇なくすべてを犠牲に出来る男。それが露伴なのです。


「ジョジョ」6部の『マリリン・マンソン』や「SBR」の泉の試練、「ジョジョリオン」の『ミラグロマン』にも通じる、「お金」をテーマにしたエピソード。そこに、山を買って破産しちゃった原作の話を繋げてくるのは、導入として申し分ありません。ただ……、個人的には、北國ばらっど氏の作品は荒木先生の作品・作風に寄せ過ぎている気もするんですよね。誠子や運転手の性格・セリフ回しといい、「鼻をなくしたゾウさん」なんかのちょいネタを出してくるところといい、ちょっぴり鼻につく時がある。内容はスゴく面白いし、荒木先生の絵が浮かんでくるようなクオリティーですが、もっと北國氏本人の個性・クセもガンガン表に出しちゃってもいいんじゃないかなあ?
あと、冒頭で誠子に電話を掛けてきた「土山」って人は、「シンメトリー・ルーム」の土山章平?このエピソードは時系列的にあの話の前と後どっちだろう、と気になりました。たぶん前なんだろうとは思うけど。



―― 最後に、心に引っ掛かった点を1つ。「オカミサマ」を使えば、その日が終わるまでが返済期限。次の日になってしまえば取り立てが始まり、もはや逃れる術もない。そして、取り立てが終われば、領収書もゼロ円になって宛名も消える。……にも関わらず、なぜ冒頭の領収書には「オカミサマ」の名が残ったままだったのでしょうか?
露伴の知らない「オカミサマ」のルールが他にあるってだけならいいけど……、実は誠子が黒幕だったのでは、なんてイヤな想像も膨らみます。露伴に興味を惹かせるように、あえて「オカミサマ」の領収書に誘導した?露伴の金銭感覚を矯正するために、誠子がダミーの領収書を作ったとか。あるいは、何か他の目的が……?
そもそもの話、誠子の父親も「オカミサマ」で死んだらしい。この出来事、実はもう何十年も昔の話だったりするのかもしれません。「お金」の代わりに「時間」を奪う「オカミサマ」は、言い換えれば「若返りの秘術」。誠子は本当はもっと高齢の老婆で、密かに「オカミサマ」で若返っているって可能性も否定は出来ないワケです。後日、露伴が彼女の父親について調べてみたら、今の彼女の年齢と計算がまったく合わない。そんな含みを持たせて終われば、後味の悪い余韻が残り、より不穏で不気味な話になりそうですね。
まあ、単なる設定ミスと言われればそれまでなんですが(汗)。もしそうなら、誠子の事務所で見付けた領収書には「金額がなぜかゼロ円」「摘要欄も未記入」という記述を追加して、露伴の領収書は「宛名だけは残る」っていう風に訂正するだけでOKでしょう。いずれにせよ、真相は闇の中。




(2018年7月28日)




TOP  戻る

inserted by FC2 system