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死刑執行中脱獄進行中





短編集「死刑執行中脱獄進行中」に収録されている読み切り作品です。「スーパージャンプ」1995年2号に掲載されました。
「バージニアによろしく」や「ドルチ 〜ダイ・ハード・ザ・キャット〜」などにも代表されるように、荒木先生お得意の密室劇に仕上がっています。主要人物は、主人公「囚人27号」ただ1人。舞台は、狭い狭い監獄兼処刑室のみ。死刑囚がこの部屋からの脱獄を試みる、それだけのストーリーです。実に単純明快。ひたすらにサスペンスを追求して描かれた作品なのです。
「死刑」と「脱獄」を同時に進行させるという短編向きのアイディアにより、限られたページの中でストーリーが無駄なくテンポ良く展開していきました。次から次へと目まぐるしく状況が変化し、最後までドキドキハラハラさせられます。個人的にもお気に入りの作品の1つですね。



このシンプルなエピソードを盛り上げてくれるのが、「囚人27号」のキャラクター。カネを盗まれる事は許しても、ウソをつかれる事は絶対に許さない。でも、自分は平気でウソをつく。死刑囚だけあって身勝手極まる悪人ですが、自分なりのルールやポリシーに従って堂々と生きているという点は、やっぱり荒木キャラ!何より、死刑を求刑されといて、まったく悪びれもせず、後悔も反省も絶望もしていないタフさが良い。こんな最悪なヤツだからこそ、ひどい目に遭わされても、変な同情心もなく普通に楽しんで読めるワケですしね。
むしろ、「囚人27号」がどこまでもあがき続け抗い続け、必死に生き抜こうとする姿には、ある意味で純粋さすら感じさせました。「生きる」という事には善も悪もなく、生きようとする命はそれだけで美しいものなんでしょう。これもまた「人間賛歌」と言えるのかもしれません。

そんな「囚人27号」に対するは、数々のトラップが仕掛けられた謎の処刑室。一見すると小綺麗な部屋ですが、実は凝りに凝ったトラップがそこかしこに散りばめられた悪夢の部屋。荒木先生ご自身も語っていた通り、こんな異様な部屋を作った人物の存在が背後に感じられ、なんとも不気味です。
暴走してしまった歪んだ正義感・復讐心ゆえなのか……、ジワジワと追い詰めて苦痛を与えたいという悪意・殺意ゆえなのか……、はたまた、反応を見て面白がるだけの無邪気な残酷性・好奇心ゆえなのか……?いずれにせよ、ロクな人間じゃなさそう。人の心の怖さや恐ろしさそのものを凝縮したような部屋、と言っても過言じゃないでしょう。


今作で最も印象的なのが、怒涛の展開の末に訪れるラスト・シーンでした。畳み掛けて襲って来る様々なトラップを潜り抜け、ついに処刑室の壁にがポッカリと空きます。そこから外に脱出して生還ENDでもなく、脱出しようとしたら最後のトラップに引っ掛かって死亡ENDでもなく……、穴から外を眺め続けて50年も経つという予想外のEND。このラスト・シーンの奇妙で滑稽な余韻が最高ですよ。
のどかな景色を1人眺める老人の、どこか寂しげな背中。そんな光景とは裏腹に、未だ野心と反骨心に溢れ、勝ち誇っている「囚人27号」。……しかし、彼の想像が正しいのかどうかも、誰にも分からないのです。本当は穴にトラップなど仕掛けられておらず、余裕で脱獄できた可能性だってありますから。「自由」とは「幸福」とは「勝利」とは「希望」とは、一体何なのか?そんな事までついつい考えてしまいました。
結局のところ、自分を変えるのも縛るのも支えるのも、全ては心の有り様1つなのかもしれません。その意味で「囚人27号」は、狭い監獄に50年も閉じ込められながら、誰よりも自由だったのかもしれません。




(2015年11月3日)




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