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『天国』へ行く方法の研究





< 第1節 >
必要なものは 『わたしのスタンド』である
『ザ・ワールド』
我がスタンドの先にあるものこそが 人間がさらに先に進むべき道なのである


< 第2節 >
必要なものは
信頼できる友である
彼は欲望をコントロールできる人間でなくてはならない
権力欲や名誉欲 金欲・色欲のない人間で
彼は人の法よりも 神の法を尊ぶ人間でなくてはならない
いつかそのような者に このDIOが出会えるだろうか?


< 第3節 >
必要なものは
『極罪を犯した36名以上の魂』である
罪人の魂には 強い力(パワー)があるからである


< 第4節 >
必要なものは
『14の言葉』である

「らせん階段」 「カブト虫」 「廃墟の街」 「イチジクのタルト」 「カブト虫」
「ドロローサへの道」 「カブト虫」 「特異点」 「ジョット」 「天使(エンジェル)」
「紫陽花」 「カブト虫」 「特異点」 「秘密の皇帝」


わたし自身を忘れないように
この言葉をわたしのスタンドそのものに 傷として刻みつけておこう


< 第5節 >
必要なものは
『勇気』である
わたしはスタンドを一度捨て去る『勇気』を持たなければならない
朽ちていくわたしのスタンドは 36の罪人の魂を集めて吸収
そこから『新しいもの』を生み出すであろう

「生まれたもの」は目醒める
信頼できる友が発する 14の言葉に知性を示して…
『友』はわたしを信頼し わたしは『友』になる


< 第6節 >
最後に必要なものは
場所である
北緯28度24分 西経80度36分へ行き……
次の「新月」の時を待て……
それが
『天国の時』であろう……





上に記したものは、DIOがノートに書き遺した『天国』へ行く方法です。『天国』に関する事柄には謎が多く、今後も恐らく明かされる事は無いでしょう。ぶっちゃけ荒木先生も、いちいちそこまで細かい設定は考えてもいないと思います(笑)。それゆえ、「ジョジョ」ファン達が独自の考察や解釈をして楽しんでいる……というのが現状。「OVER HEAVEN」「JORGE JOESTAR」といった小説でも、その物語の中で『天国』へ行く方法が解釈されていました。
ならば私も、自己流の解釈を書き記しておきたいところ。というワケで、今回のテーマは『天国』へ行く方法についての研究・考察です。例によって、だいぶ妄想も含まれています。ネットや本で軽く調べて得ただけの知識もあるので、専門的な知識をお持ちの方が見れば間違ってる部分も多々ありそう。でもまぁ、もしよろしければ読んでやってください。


まず初めに、上記の『天国』へ行く方法の本文ですが、説明しやすいよう便宜上6つの節に分けました。最初からちゃんと順番通りに考察していく、ってワケでもありませんので。では、以下考察となります。




< 考察1 >
第6部レビューこちら)の中でも書いていますが、6部には「聖書」をモチーフにしたと思われる箇所が散見されます。『ホワイトスネイク』は、イヴをそそのかして楽園を追放させた。叡智が封じられた「承太郎の記憶DISC」は、禁断の「知恵の実」。DIOの骨によって囚人達が変化させられた植物は、「生命の樹」。その樹に実った「緑色の赤ん坊」は、「生命の実」。……etc。6部は言わば「創世記」である、と。(悲しい宿命を負ったプッチとウェザーの兄弟もまた、カインとアベルなのかもしれません。)
で、今回の私の考察も、この辺を下地とする事にしました。いきなり大まかな結論を言っちゃうと……、DIOは(例えとかじゃなく)文字通り、「知恵の実」「生命の実」の両方を食べて「神」になろうとしたのです。それが『天国』へ行く方法の概要。「エヴァ」っぽいとか思われる方もいるでしょうけど、ここで重要なのは結果(目的)ではなく、そこに至るまでの過程(手段)です。その過程の考察が、今回のメインとなります。




< 考察2 >
スポーツ・マックスのスタンド『リンプ・ビズキット』により、DIOの魂は「この世」に呼び戻され、DIOの骨に宿りました。そして、骨が発現させた能力は、懲罰房棟の囚人達を植物へと変化させます。徐倫達が目撃した時には、囚人達はすでに樹木と化していました。そこから「緑色の赤ん坊」が生まれるワケですが、その樹木の形をよく見てみましょう。まるでバオバブの樹のような、奇妙な形をしています。
バオバブの樹とは、主にアフリカ諸国に群生し、地球上で最も大きな樹木とも言われる巨木。また、その独特の形から「アップサイドダウンツリー(さかさまの樹)」とも呼ばれています。まるで、天に向かって根を生やし、地に枝を伸ばしているかのような、上下さかさまの形に見えるからです。
そして、そんな上下さかさまの樹がバオバブ以外にも存在するのです。それこそが「セフィロトの樹」。これは「生命の樹」の別名であり、カバラという神秘主義思想によって図式化された「神の法則」「世界の真理」の概念図と言うべきものでもあります。10個の「セフィラ」という領域と、「セフィラ」同士を結ぶ22本の「パス」という道によって構成されています。この「セフィラ」を上から下へ順番に辿る事で「世界の創造」を理解でき、逆に下から上へと辿れば「神の叡智」へと到達できるというのです。人間は、一番下の第10のセフィラ「マルクト」に存在し、一番上の第1のセフィラ「ケテル」を目指し、精神を高める旅をしているらしい。


しかし、その「セフィロトの樹」がDIOとどんな関係があるのか?……「セフィロトの樹」を構成する22本の「パス」、これがそれぞれ22枚のタロット・カードと対応しているのです。ご存知の通り、DIOのスタンドは「世界」のカードの暗示を持ちます。「セフィロトの樹」において、「世界」のカードは、第9のセフィラ「イェソド」と第10のセフィラ「マルクト」を結ぶパス「タヴ」を意味するそう。
つまりこの「タヴ」というパスは、「セフィロトの樹」の最後の道であり、最初の道でもあるという事。『天国』へ行く方法 第1節とも、内容が重なります。もちろん、時を止める『世界(ザ・ワールド)』の延長線上に、時を加速する『メイド・イン・ヘブン』が存在する事を示す節でもありますが、それだけじゃあない。「世界」のカードは、「セフィロトの樹」を下から上へと辿って行く人間にとって、まさに全ての始まり。だからこそスタンド『ザ・ワールド』は、「生命の樹」を生み出す始まりとして機能できるのでしょう。
DIOの魂を宿した時点で、DIOの骨は「生命の樹」を生み出す力を発揮し始めます。そのため、日光を浴びても消滅しないどころか、逆に植物としてパワーを強めていくのです。そういったワケで、あわれ囚人達は「生命の樹」となってしまったのでした。




< 考察3 >
「生命の樹」を生み出すためには、第3節および第5節にあるように36人以上の罪人の魂が必要。たった1人の魂のパワーには限界があります。複数の魂・数多の魂のパワーでもって、初めて『天国』に至れるのです。それが「罪人」の魂でなければならない理由は、「強いパワーがあるから」と単純明快に書かれていました。かつてDIO自身が語っていたように、心に「善なるタガ」のない人間は思い切った行動が取れる悪のエリート。強いパワーがあるのも必然です。ところが、「36」という数字の具体的根拠はどこにもない。この数字には、どんな意味があるのでしょうか?
ここで登場するのが「ゲマトリア」です。これは、「セフィロトの樹」を体系化したカバラが用いる数秘術。数秘術とは、文字を数字に変換し、文章や言葉の裏に隠された真意を読み解こうとする学問。このゲマトリア数秘術は、特に「聖書」を解読する際に使われている模様。
ちなみに、「セフィロトの樹」を活用するのは、本来のカバラ(=ユダヤ・カバラ)ではなく、正確にはクリスチャン・カバラというようです。このクリスチャン・カバラは、近代西洋魔術などにも応用されており、そういった点も含めてDIOが目を付けた……のかもしれません。自身のスタンドを暗示する「世界」のカードについて調べていくうち、「セフィロトの樹」や「ゲマトリア」を扱うクリスチャン・カバラの思想に辿り着くのも自然な流れでしょう。


さて、「ゲマトリア」を用いた時、「36」とはどんな意味を持つ数字になるのか?……なんと、キリスト教における三位一体の「神」を意味する数字になるのです。三位一体とは、「父なる神」「子(イエス)」「聖霊」は1つだよという教え。「父なる神」は第一位格、「子(イエス)」は第二位格、「聖霊」は第三位格とされています。さらに、三位一体という教えからも分かるように、「3」という数字は聖なる数字。DIOの息子達と出会う時にも、プッチの周りには「3」という数字が集って来ていましたよね。
では、それぞれの位を3乗してみましょう。すると、第一位格「父なる神」は1の3乗で「1」。第二位格「子(イエス)」は2の3乗で「8」。第三位格「聖霊」は3の3乗で「27」。これらを足すと、1+8+27=「36」
もちろん、これだけがたまたまってワケじゃありません。ほんの一例を挙げるだけでも……、「イエス」という文字は「888」に、「聖霊」という文字は「1080」に変換されます。「888」は「8」の、「1080」は「27」の倍数なのです。3乗による計算にしても、「ゲマトリア」では度々用いられる方法のようだし、立方体の体積を求める際にも一辺の長さを3乗します。「聖書」に書かれた「至聖所」(神殿の最奥部であり、最も神聖とされる部屋)も立方体。そして空間は、縦・横・高さから成り、それらは別々のものにして、決して切り離せないもの。これまた三位一体を示します。
このように、「36」とは「神」を意味する神聖な数字でした。DIOは36以上の魂を欲していましたが、これは即ち、「神」と並び、「神」を超えるために必要な数字だったのでしょう。




< 考察4 >
続いて、第4節について考えてみましょう。出ました、「14の言葉」です。ここでまず注目したいのは、言葉1つ1つの意味ではなく、その使われ方。どうやらDIOは、「14の言葉」を自身のスタンド『ザ・ワールド』に刻み込んでいた様子。その理由は、「わたし自身を忘れないように」するため。これがさりげに意味深で、「わたし自身忘れないように」ではないのです。「わたし自身忘れないように」、なのです。
つまり、DIO自身がド忘れしちゃっても大丈夫なようにメモっとく……的な意味ではないという事。むしろ、DIO自身の意識・自我が失われないために……といった意味合いに読み取れます。そしてこれは、続く第5節の内容とも符合するのです。「生まれたもの」は「14の言葉」によって、知性を示し、目醒める。さらに、『友』はわたしを信頼し わたしは『友』になる。この文章を読むと、『ザ・ワールド』が生み出す「新しいもの」「生まれたもの」が、「14の言葉」をキッカケとして、再び「わたし」になっている事が分かります。無論、ここで言うところの「新しいもの」と「生まれたもの」は「緑色の赤ん坊」の事を、「わたし」は「DIO」の事を指します。つまり、「赤ん坊」は「14の言葉」を聞いた後、「DIO」としての知性を取り戻すという事になりましょう。そして、「友」であるプッチと1つになったのです。
「14の言葉」とは、DIOが自身のスタンド(=魂の一部)に刻み込む事によって、死後に魂がまっさらな状態となってしまったとしても、自分の意識・知性を再び呼び起こす事が出来るトリガーだったのです。魂に深く刻まれた言葉を聞く事で、魂が直接刺激され、その奥底で眠っていた「DIO」が完全に目醒めるのです。

そうなると、「14の言葉」1つ1つに意味はあるのだろうか?という疑問が出て来ます。ただ言葉を魂に刻むだけでいいなら、別に意味なんて無くても構わないし、「14」である必要性も無いでしょう。もしかしたら、意味ありげなそれっぽい言葉を適当にチョイスしただけなのかもしれません。しかし、忘れてはならないのは、『リンプ・ビズキット』によって呼び戻されたDIOの魂の特異性です。
本来なら、『リンプ・ビズキット』によって「あの世」から「この世」へと呼び戻された魂は、死体と同じ形をしたスタンド的アンデッド(透明のゾンビ)となるはず。ところがDIOに限っては、魂が遺骨そのものに宿り、意志があるかのように勝手に動き出したのです。これはスポーツ・マックスも焦っていたように、そもそもあり得ないはずの事。DIOの魂だけが特別な理由には、「14の言葉」が刻まれている事と関係があるのでは……!?


明確な根拠はないんですが、「14の言葉」こそが「知恵の実」であると仮説を立ててみました。「実」の実物ではないけれど、「知恵の実」を象徴する言葉になっているんです。
それこそ「ゲマトリア」とか何らかの方法で変換すると、「知恵の実」の力を示す配列となった暗号。言葉1つ1つには深い意味など無く、14個1組で、プッチが唱えた順番で初めて意味を持つパスワード。人間はもともと「知恵の実」を食べたアダムとイヴの末裔です。ゆえに「実」そのものは必要なく、「言葉」だけでも「実」の力を再現し、最大限に引き出す事が出来るのです。(「言(ことば)は初めに神様とともにあり 全てのものはこれによってできた」とグェスが「聖書」から引用していたように、「言葉」にはそれ自体に神性が宿っているのでしょう。)
だからこそ、DIOの魂は「あの世」へ行って自我や知性を失っても、その「言葉」が刻まれるに至った理由・目的(=『天国』創造)だけは忘れずにいられました。そんな「知恵の実」の力のおかげで、『リンプ・ビズキット』の能力にも完全には支配されず、自分の成すべき目的のために動き出せたのです。そして、「14の言葉」が「知恵の実」だからこそ、失われた意識や知性を取り戻すキッカケにも成り得たというワケです。
「赤ん坊」が異常なまでの学習能力や知性を持っていた事もまた、この「知恵の実」の力があったればこそ。「赤ん坊」の額にイチジクの葉のデザインがあるのは、「知恵の実」の力を秘めている事を示唆したものなのでしょう。「知恵の実」を食べたアダムとイヴは、自らの陰部を隠すためにイチジクの葉を使ったと言われていますからね。「14の言葉」の中に「イチジクのタルト」もあるくらいですし。
なお、DIOがどこから「14の言葉」を知り得たのかというと……、それこそ「聖書(特に「創世記」の箇所)」や関連する宗教美術(絵画・彫刻)・聖歌・教会建築などの中に密かに散りばめられており、特殊な方法で解読すると浮かび上がってきたとか、そんなような理由じゃないかなと想像します。まさしく、遥か神話の時代より伝承された、秘められし叡智。そして、その調査・解読のために立ち寄った教会の1つで、DIOはたまたまプッチと出逢ったのかもしれません。




< 考察5 >
これまでの内容を踏まえ、第5節にもうちょっと突っ込むと……、当然ながら、6部で行なわれた方法はイレギュラーなものでした。本来の計画を実行する前に、DIOは承太郎に殺されてしまったのですから。DIOが自分の骨をプッチに与えていた事、承太郎がDIOのノートを読んでいた事、『ホワイトスネイク』と『リンプ・ビズキット』の能力……、様々な幸運が重なって、DIOの死から20年以上後にようやく代案を実行できたワケです。
正式な手順であれば、どうやら生きているDIOが自らスタンドを捨て去っていた模様。ここで言う「スタンドを捨て去る」とは、結局のところ「死ぬ」とほぼ同義。ただ、最終的には「新しい自分」として復活する事が前提であり、『ザ・ワールド』というスタンド自体は失われる事にもなるので、「スタンドを捨て去る」という表現にしているのでしょう。
しかし、「14の言葉」を刻み付ける事により、DIOの死後に『ザ・ワールド』が動き出せたとしても、そう簡単に「生命の樹」を生み出す程にまで至れるものなのか?という疑問も浮かんできます。『アヌビス神』や『スーパーフライ』、『ノトーリアス・B・I・G』などのような、一人歩きのスタンドと化すのがせいぜいなんじゃないか、と。……推測するに、DIOの邪悪な意志はあまりにも強力で、『ザ・ワールド』は皮肉にもDIOに縛られていた状態だったのではないでしょうか。そのエネルギーを戦闘や破壊のために行使する分には最高ですが、一方で、何かを創り出すため・生み出すために使おうとする際には、DIOの意志はかえって邪魔になってしまうのです。DIO本体からさえも解放される事で、初めて『ザ・ワールド』は、エネルギーの全てを『天国』創造のためだけに費やせるようになるのです。
DIO自身もきっと、それを分かっていたのではないでしょうか?DIOがDIOとして存在している限り、『ザ・ワールド』は真の力を発揮する事が出来ず、『天国』に辿り着く事も決して出来ないと。だからこそ、死ぬ事によって、『ザ・ワールド』をDIO自身の意志による支配・コントロールから切り離す必要があったのでしょう。


そういったワケで、もし正式な手順を踏んだとしたなら……、「友」「36名以上の罪人」の前で、DIOはあえて一度死にます(=肉体の死)。この時点で、『ザ・ワールド』はDIOの呪縛から解放されます。すると、「14の言葉」が刻まれた『ザ・ワールド』は、本体の死によってどんどん朽ちていきながらも、目的遂行のためだけに動き始めます。自身を暗示する「世界」のカードの可能性を引き出し、「36名以上の罪人」の魂と一体となり、「生命の樹」に変化していくのです。そして「樹」は、その全ての魂のパワー(とDIO自身の亡骸)を集めて吸収し、1つの「実」を宿します。それこそが「生命の実」であり、新生したDIOである「緑色の赤ん坊」
「友」が「14の言葉」を発する事で、「赤ん坊」の中のDIOの魂は再び目醒めます。そしてDIOは、「友」になる。これは本来ならば、「友」と一体化して、「友」の肉体を得る(=受肉・復活)という意味だったように思います。もちろん、DIOの自我も記憶も引き継がれます。DIOは絶対に、自分を犠牲にするようなマネだけはしないでしょうから。こうしてDIOは、「知恵の実」と「生命の実」の両方を食べた「神」の力を得るのです。つまり、「運命」をも超越・支配する力『メイド・イン・ヘブン』を。それこそがDIOの『天国』だったです。


しかし前述の通り、実際にはそううまく事は運びませんでした。承太郎に殺される際も、『ザ・ワールド』自体をバキバキにブチ砕かれてしまい、死後に動き出す事すら叶わず昇天。恐らく『リンプ・ビズキット』の能力は、バラバラに散った魂をも拾い集めて、「この世」に呼び戻してくれるんでしょうね。そのおかげで、DIOの魂は復元され、『天国』へ行く方法が実行されました。
DIOの死によって朽ちていく『ザ・ワールド』と、「あの世」から呼び戻されて骨の欠片に宿ったDIOの魂。この両者は、DIO自身の生命と意志による束縛・支配から解放された、純粋たるDIOの精神(魂)のパワー、という点において共通します。発揮されるエネルギーはほぼ同質・同量であり、ほとんど等しい存在なのです。そのため、DIOの骨を『ザ・ワールド』の代用品として使用できたのでした。
(むしろ、『リンプ・ビズキット』の能力で骨に魂が固定されている分、どんどん朽ちて崩壊していく『ザ・ワールド』よりも便利で好都合。本来ならば、『ザ・ワールド』が消滅するより早く「生命の樹」を生み出せるよう、あらかじめ「必要なもの」を儀式的に1ヶ所に集めておかなければなりません。しかし、骨は消滅する事なく「この世」に残り続けるので、自ら「36の魂」を求めて動き出す事が可能となったのです。)
ただ、正式な手順とは異なる方法を取った事で、思わぬ歪みが生じ始めました。最終的に、DIOの意識ではなく、「友」=プッチの意識が強く残ってしまったのです。ひょっとすると、骨に宿る『リンプ・ビズキット』のスタンドパワーが不要物・不純物となって、悪影響を及ぼしてしまったのかも。これは、プッチにとっては幸運だったと言えましょう。彼自身、気付いてさえもいなかったのかもしれませんが。
とにかく、『メイド・イン・ヘブン』はプッチのスタンドとなりました。そして、自分だけが「運命」を支配できる力としてではなく、全人類が「運命」を覚悟できる力として利用したのです。それこそがプッチの『天国』でした。




< 考察6 >
第2節はというと、神の法(=「運命」や「世界の真理」)を尊ぶ人間でなくては、DIOの協力者には当然なり得ません。一度死ななければならないDIOにとっては、冗談抜きで死活問題。くだらない欲望や人間道徳のために裏切られる可能性が、ほんのちょっぴりでもあってはなりませんから。
だったら「肉の芽」でも埋めときゃいいんじゃね?と思うかもしれませんが、DIOが死んだら「肉の芽」は暴走し、虹村パパになっちゃいます。増して、自分の肉体(ボディ)に、自分が唯一尊敬するジョナサンの肉体を選んだDIOの事。自分の魂の「器」となる者の選別にも、それなりのこだわりがあっても不思議じゃないでしょう。そういう意味においては……、生まれながらに「運命」に翻弄され、「運命」の意味を探究するためならば殺人すら辞さない覚悟のプッチは、まさに逸材中の逸材。
その上、他人から直接向けられる感情がいつも「敵意」「憎悪」「恐怖」、または「羨望」「狂信」であったDIOからすると、本当に自然体で接してくるプッチという男は、新鮮で特別な存在だったはず。共に『天国』を目指す「友」として、信頼し合える対等のパートナーとして、申し分ありません。もっとも、あのDIOにとっては、「他人を信頼する」という行為自体が「賭け」であり、「勇気」であったに違いないでしょうね。プッチはそれに値する男だったのです。

誤解してはならないのは、プッチはDIOを「信仰」も「崇拝」もしていないという事。プッチにとって、自身の求める『天国』こそ「信仰」「崇拝」の対象であり、DIOはあくまで敬愛する親友に過ぎません。だから、DIOの仇討ちも「出来る事ならしてやりたい」程度のものでしかなく、それが叶わなくても「ただの感傷」と割り切れたワケです。『天国』に辿り着く事が最優先で、DIOを殺された復讐などは二の次、三の次。
DIOを絶対的な存在とし、DIOに仕える事に生きる意味を見出していたエンヤ婆やンドゥール、ヴァニラ・アイス、ジョンガリ・Aといった狂信的な部下とは一線を画しています。彼らならば、DIOの復讐にも自分の人生と命の全てを懸けて挑むに違いありません。割り切る事も諦める事も決してないでしょう。一方、プッチには確固たる自分自身の目的があって、それを実現するためにDIOが必要不可欠だった。言ってしまえば、ただのそれだけです。そして、それはDIOにとっても同じ事。そんな対等で平等な関係だからこそ、2人は「信頼できる友」になり得たのです。




< 考察7 >
残る第6節については、基本、作中で描かれた通り。指し示された「時」と「場所」は、「重力」「引力」に密接に関係しています。そして、「時間」という概念も同様。「重力」が強くなるほど、「時間」の進みは遅くなる……などといった関係性があります。必然的に、『ザ・ワールド』が持つ「時間」を止める能力もまた、「重力」と深く結び付いていると言えるでしょう。
北緯28度24分 西経80度36分という場所は、アメリカ・フロリダ州の「ケネディ宇宙センター」があるポイント。ロケットを宇宙へ打ち上げるため、もともと地球上でも重力が弱い場所が選ばれています。「新月」は逆に、太陽と月と地球が一直線上に並ぶため、月の引力が最も強い時となります。(大潮となるのも、月からの強い引力に海面が引っ張られるため。)それなら「満月」でも同条件なんですが……、人体へ与える影響が最も強いのが「満月」、逆に最も弱いのが「新月」、とも一説では言われているようです。即ち「新月」の時とは、地球から月へと飛び立つには最高のタイミング。外界からの束縛・抑圧が弱まるがゆえに、新天地へ旅立つには最高のタイミング……とも言い換えられます。
『C-MOON』と『メイド・イン・ヘブン』の能力が、まさしくそれを体現しています。『C-MOON』は「重力逆転」の能力ですが、正確には、プッチが逆転した「重力」の中心となる能力です。言わば、(能力射程内においては)プッチが世界の頂点に立ち、周囲にあるモノはプッチから離れるように落ちていく。ただし、プッチにとっての真下から真上にかけては、常に上方へと「重力」が働いている。だからこそ、プッチが「箱」や「枠」に入れば、それは宙に浮き始め、(プッチにとっての)天に向かって落下していく事になります。世界の頂点であり、ロケットの発射台であり、同時に、プッチ自身がロケットにもなり得るワケです。そして、『メイド・イン・ヘブン』は見たまんま、生命を新たな世界へと運ぶ「ノアの方舟」
DIOがそれらの能力を得るために必要な最後の条件が、この、ある一定の強さの「重力」でした。地球と月の絶妙なバランスによって齎される、唯一無二の「重力」の影響により、『ザ・ワールド』の「時間」に干渉する力がついに完全に引き出されるのです。『天国』へ行く方法の全てのプロセスは、『ザ・ワールド』の中に眠る力を目醒めさせて解放し、究極にまで飛躍させるための……、そして、自らの存在を「神」の領域にまで高めるためのものだったワケですね。
DIOはひょっとすると、自身のスタンド能力が、「時」と「場所」によって(ごくごく僅かであっても)強弱する事を敏感にキャッチしていたのかもしれません。そして、その条件が「重力」「引力」にある事を突き止め、『ザ・ワールド』の進化の可能性・法則性にまで、思考をさらに発展させていったのかも。


ただ、そもそも根本的な疑問として、(「ジョジョ世界」の)宇宙や運命が永劫回帰している事実を、どうやってDIOは知る事が出来たのでしょうか?『ザ・ワールド』の本体として、なんとな〜くその事実を感覚で理解できていた……とかなんでしょうか?そうなのかもしれませんが、別の可能性も考えてみる事にします。
DIOが知っているであろうスタンド能力の中で、宇宙や運命の流れに関係しそうなものと言えば、やはりボインゴの『トト神』に思い至ります。未来を予知する能力。しかも、予知した未来は必ず起き、決して変える事は出来ない。このスタンドを目の当たりにしたDIOは、「運命」の存在を確信した事でしょう。そして、さらに深く思考を重ねます。予知とは、「これから起こる事」ではなく「かつて起こった事」を知る能力なのだとしたら?もしも「未来」が、「未来」であると同時に「過去」でもあるとしたら?すでに「起こった」という結果があるのだから、知る事が出来ても不思議じゃないし、もはや何者にも変えられないのも当然です。こうしてDIOは、「運命」が円環を成し、宇宙も時間も幾度となく循環している事を悟ったのかもしれません。
「神」が「運命」を操作しているとしたら、自分とジョナサンほどよく計算された関係は無い……と、かつて語っていたDIO。しかし、本当に「神」や「運命」が実在するのなら、DIOは何を想うのか?自分がどれほど強くなろうが、世界を支配しようが、結局のところ、それはあらかじめ決められたストーリーをただなぞっているだけ。知らぬ間に演じさせられているだけ。しかもそれは、何度も何度も限りなく繰り返されてきたし、繰り返されていく。DIOにとって、こんなに虚しく屈辱的な事も無いでしょう。
そこでDIOは、「神」が書いた「運命」というストーリーを、自分の思うがままに書き換える力を欲し始めたのです。「神」をも下僕としてこそ、真の帝王。「運命」をも支配してこそ、真の勝利。そして、その新たな世界への扉を開くためには、自らのスタンド『ザ・ワールド』こそが鍵となる……という結論を導き出しました。循環し続ける「時間」の中では、「未来」は「過去」でもあり、「過去」は「未来」でもあります。その循環に取り込まれている限り、「時間」の潮流に飲み込まれている限り……、「運命」に縛られ続け、その円環から逃れる事も出来ません。逆に言えば、時の流れを自在にコントロールできるのなら、「運命」の外側へと抜け出せるという事。それを実現させる力こそ、『ザ・ワールド』の先にある『メイド・イン・ヘブン』なのです。

作中において、「重力」「引力」という言葉は、引き寄せ合う「運命」の力をも意味していました。「時間」と「重力」が密接に関係しているならば、「時間」と「運命」もまた堅く結び付いていると言えるはず。それは、前述した「時間」の循環「運命」の円環からも窺い知れましょう。事実、「時間」に干渉できるスタンドは、「運命」に干渉できる力としての側面も描かれています。
時間を止める『ザ・ワールド』と『スタープラチナ』は、当然、「運命」の因果をも停止させています。投げられたナイフが、物質の手前でストップしてしまうのもその影響です。そしてそんな世界の中で、自分だけが、停止した「運命」を直接動かす事が出来ました。また、時間を戻す『バイツァ・ダスト』と『マンダム』は、「運命」の上書き・書き直しをしていました。時間を消し飛ばす『キング・クリムゾン』も、『エピタフ』で予知した「未来」を吹っ飛ばし、「運命」を変える事が出来るようでした。「原因」「過程」を消す事により、都合の悪い「結果」が起きないようにするのです。……しかし、それら反則的な能力も、ほんの数秒〜十数秒程度の効果しか得られません。例外は、1時間も「時間」を戻してしまう『バイツァ・ダスト』ですが、これは本体:吉良吉影が『矢』に二度も選ばれるという超レアケースだからこそ。それでも、この程度の干渉力では、「時間」や「運命」の外側へ完全に抜け出すにはとても足りない。
一方『メイド・イン・ヘブン』は、それらのスタンドとは比較にすらならない、「時間」を無限に加速する能力を持っています。よって、「時間」が循環しているがゆえに、「未来」にも「過去」にも自由に移動する事が可能となります。それこそが、この能力の真価とも言えるでしょう。「時間」に無限に干渉できるという事は、「運命」にも無限に干渉できるという事。全ての「時間」に存在し得るという事は、全ての「運命」を掌握できるという事。だからこそ『メイド・イン・ヘブン』だけは、「時」の流れにも、定められているはずの「運命」にさえも、縛られる事はありません。あらゆる「時間」と「運命」を超越する、まさしく「神」の力と成り得るのです。


余談ですが……、『ザ・ワールド』と『メイド・イン・ヘブン』はある意味、まったく逆の能力と言えます。時の流れを止め、「今」に留まり続ける『ザ・ワールド』。時の流れを加速させ、「未来」にも「過去」にも自由に移動できる『メイド・イン・ヘブン』。
『メイド・イン・ヘブン』の完成に『C-MOON』を経なければならないのも、「重力逆転」のエネルギーによって、『ザ・ワールド』の能力の指向性さえ「逆転」させるためでもあったのかもしれませんね。




< 考察おまけ >
プッチは「14の言葉」で「緑色の赤ん坊」を目醒めさせた後、なんと自分の右手からを抜き出しました。それを「赤ん坊」に見せ、興味を惹こうとしていたようです。実際、その目論見は成功したらしく、無事にプッチは「赤ん坊」と融合できました。しかし、これは『天国』へ行く方法の中には書き記されていない事柄であるため、絶対必要な条件ではない模様。とは言え、せっかくの機会でもあるので考察してみましょう。
プッチが「赤ん坊」に見せた骨は、DIOがプッチにプレゼントした骨と形がそっくりです。ボタンのような2つの突起が特徴的。これは何かというと、種子骨(しゅしこつ)と呼ばれる骨です。主に、両手足の親指部分の骨「第一中手骨」「第一中足骨」にくっ付くように存在しています。つまり、DIOの骨は右足の第一中足骨、プッチの骨は右手の第一中手骨という事。DIOの骨はすでに「赤ん坊」に取り込まれており、だからこそ「赤ん坊」にも星のアザがあるのですが……。そんな「赤ん坊」を形作った材料であるDIOの骨と同じ形のものを見せる事で、興味を惹く事はもちろん、「自分こそが紛れもなく親友プッチである」と明確に示す事も出来たのかもしれません。
それにしても象徴的なのが、この骨の名前。「種子骨」。まさに、植物(「生命の樹」と「実」)を生み出す種子だったってワケですね。

プッチへの「謝罪の印」という事で、「君がどこにいてもパワーを与えるよ」との言葉と共に贈られた品がDIOの骨。もらっても全然嬉しくないし、扱いに困ってしまうところです(笑)。DIOはどうして、こんな骨をプッチにプレゼントしたのでしょうか?
普通に考えると、やっぱりいざという時のための保険の意味もあったんでしょうね。自分の一部を「この世」に遺しておければ、万が一、億が一、自分が死んでしまっても、「この世」との繋がりが消え去らずに済みます。事実、このたった1つの骨が遺っていたからこそ、プッチはDIOの意志を継いで『天国』へ行く方法を実行する事が出来たのですから。すると、全てはDIOの打算による行動で、プッチに対する態度も演技に過ぎなかった?
私は、そうではないと思っています。DIOとプッチは、自分自身の目的のため、互いを必要とし合う関係でした。必要とし合い、利用し合い、それらも含めて赦し合い信頼し合う、奇妙な友人関係であったと想像しています。「プッチ神父のことをディオが好きだったということはないと思うよ。」とは、2007年発売の「ユリイカ」臨時増刊号での荒木先生のお言葉。これだけ読めば、プッチはただいいようにDIOに使われていただけっぽく感じられます。しかし、これはあの伝説の腐女子金田淳子女史との対談での発言。彼女がさんざん濃厚やおいトークを繰り広げた末での発言です。「DIOはプッチごときに心を許したりしないよ」という意味なのか、「DIOはプッチを恋愛や性の対象としては見てないよ」という意味なのか、判断が難しい……。なので、この荒木先生の発言はあまり参考にならず、結局、真相は闇の中。読者の想像におまかせ、って事に落ち着くのでしょう。
私個人としては、2人はなんだかんだでガチで親友だったと解釈しています。DIOの骨と、プッチの骨。これらは、2人だけが理解し合える「友情の証」であり、「絆の形」なのだと思います。


ちなみに、プッチは「DIOの骨をエジプトで回収した」と言っていました。また、DIOの骨は「これだけしか残っていない」とも言っています。この世に残る唯一の骨
恐らくDIOは、大事な「友人」であり「客人」であるプッチがエジプトに来た時のために、別宅を用意していたものと思います。2人はその別宅で落ち合い、語らっていたのです。DIOからすれば、プッチという存在もプッチとの関係も、誰にも知られたくないはず。部下であろうが敵であろうが、もし他人に知られてしまっては、プッチを余計な危険に晒してしまうかもしれない。万一の事があっては、DIO自身も『天国』へ行けなくなってしまいます。言わば、DIOとプッチの秘密の場所
DIOからもらった骨もまた、プッチはその別宅で厳重に保管していたのではないでしょうか。下手にあちこち持って歩くよりも、よっぽど安全なはず。そして、DIOが死んだ事を知ったプッチは、急いでエジプトに向かいます。承太郎達にこの別宅の存在がバレ、もし骨が見付かったなら、確実に日光で消滅させられてしまいますからね。DIOの意志を滅ぼさないため、受け継ぐため……、プッチは悲しむよりも怒るよりも何よりも、DIOの骨の回収を最優先したのです。
こうして、大切な親友の形見を無事回収すると、それ以降はずっとプッチの自宅で保管していたんでしょう。『天国』へ行く方法を突き止め、実行できる時を待ちながら。





――以上、私の考察でした。要するにDIOは、『ザ・ワールド』が持つ「時」を止める能力を極限までパワーアップさせるために、「世界」のカードに暗示される力を用いて「知恵の実」「生命の実」を得ようとしたって事。説得力はかなり怪しいもんですけど、多少なりとも面白がっていただければ幸いです。
でもある意味、最大の謎は、どうやってDIOがこの『天国』へ行く方法を発見し、あそこまで見事に確立できたのか?っていう点ですかね。まあ、海底からの復活後は、スタンドの大先輩であり大先生のエンヤ婆もいましたし、世界中を旅して回ったり、熱心にいろんな書物・文献を読み漁ったりしていた様子。DIO自身の『ハーミット・パープル』の能力も、手掛かりを掴むために有用でしょうしね。それらから得た豊富な経験知識、そしてDIO自身の本能的な直感天才的な閃き運命的な導きなんかもあって、奇跡的に紡ぎ出されたものだったのかな。
100年の眠りの中で思考した事も役立っていたのかもしれないけど、実質ほんの4年足らずで(増して、時間停止能力に目醒めてわずか半年程度で)「真理」に到達できるとは……。つくづくDIOはスゴい男です(笑)。




(2013年3月10日)
(2013年3月13日:<考察おまけ>を追記)




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