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岸辺露伴は戯れない 短編小説集





2017年、「ジョジョ」連載30周年記念企画の一環として、気鋭の作家陣による「岸辺露伴は動かない」の短編小説が書き上げられました。それらは小冊子にまとめられ、月刊「ウルトラジャンプ」の付録となったのです。この企画、どうやらかなり好評だったらしく、第3弾まで続きました。そして翌2018年……、これら7話分に、新たな書き下ろし短編2話を加え、分冊して連続刊行が決定!「岸辺露伴は叫ばない 短編小説集」に続いて、7月19日に発売された第2巻が、この「岸辺露伴は戯れない 短編小説集」です。
今巻ももちろん、表紙イラストは荒木先生描き下ろしッ!これまた露伴のラフ画です。エメラルドグリーンの前巻とは対照的なダークピンクのカバーも美しい。いいですねえ、2冊並べて置くと一層映えるなあ。

さて、収録された物語は全4話です。北國ばらっど氏の「幸福の箱」宮本深礼氏の「夕柳台」。再び北國ばらっど氏で、「シンメトリー・ルーム」。そしてラストを飾るは、吉上亮氏の新作「楽園の落穂(らくえんのおちぼ)」
新作以外の物語については、すでにあらすじと感想を書いていますので、こちら ↓ をご覧ください。



幸福の箱」岸辺露伴は動かない 短編小説集(1)


「夕柳台」岸辺露伴は動かない 短編小説集(2)


「シンメトリー・ルーム」岸辺露伴は動かない 短編小説集(3)



……というワケで、以下、「楽園の落穂」の方もあらすじと感想を書いていきたいと思います。ではでは、どうぞ。








楽園の落穂



(あらすじ)
料理専門雑誌の編集者:移季 年野(うつろぎ としや)に、グルメ漫画の執筆を依頼された露伴。レストランでの顔合わせで、移季は「楽園の落穂」という名の希少な小麦の話を始める。
実際に口にした者は僅かだが、その全員がこぞって賞賛している伝説の品種。遥かな昔に存在していた「世界最古の小麦」。それを、彼の親友が山奥に移住して育てており、その村に招待されたのだ。親友の言葉によると、「楽園の落穂」には、口にした人間の体質を劇的に変質させる力があるらしい。移季の娘:(よう)は小麦アレルギーであった。奇妙な話だが、もしかしたらその小麦を食べれば小麦アレルギーが治るかもしれない。娘に「食べる喜び」を教えてあげたい。話を聞いているうちに興味が湧いてきた露伴は、彼らに同行し、「楽園の落穂」を取材する事に決めたのだった。


関東圏内の、とある山の頂上の岩地。地上から隔離されたその場所に、村はあった。やっとの思いで辿り着いた麦畑は、黄金色に眩く輝き、あまりにも美しい。移季の親友であり、この村の村長でもある屋宜沼 猩造(やぎぬま しょうぞう)が、3人を快く歓迎してくれる。彼に村を案内してもらう。しかし、この村の「楽園の落穂」への執着やこだわりは「信仰」の域に達していた。可能な限り「楽園の落穂」が生きていた古代と同じ暮らしをするため、村には電気もガスも水道も通っていない。岩石だらけの土地も、全て人間の手で開墾し、麦畑として造成したらしい。そんな厳しい環境でも、彼や村人達は喜んで小麦を育てている。
彼らをそこまで魅了する「楽園の落穂」。その小麦で作ったパンを、夜、露伴達はついに食べさせてもらう事になった。実際に食べてみると、絶賛されている理由が分かった。今まで食べたパンの中でもダントツに美味く、食欲が止まらない。この味を他の人達にも教えてあげたくなる程である。移季も腹をパンパンに膨らましながら、なおも食べようとしている。ところが、どうも屋宜沼の様子がおかしい。一瞬、羊の小麦アレルギーの事など知らないような素振りを見せたのだ。彼の方から移季親子を招待したはずなのに……。
翌日、屋宜沼は小麦のお粥を皆に振る舞う。すると、今度は移季がおかしくなった。小麦を食べる事を怖がる羊に、粥を無理矢理食べさせようとする。そればかりか、そんな彼を止めるべく露伴が投げ捨てた粥を、移季は地面の土や雑草ごと美味しそうに貪る。露伴自身も、今すぐ粥を掻き込みたい衝動に駆られている。だが、今はここに羊がいるのだ。父親の移季がおかしい今、露伴が羊を守ってやらねばならない。山の天候のせいでもう1泊せざるを得なくなった露伴は、『ヘブンズ・ドアー』で屋宜沼を「本」にする。害意があるワケではない事を確認し、念のため「これから岸辺露伴の要求に従う」と書き込んでおいた。

真夜中。「パパがいない」と、羊が怯えていた。一緒に移季を捜しに行く。その途中、露伴達は信じられないものを目撃した。それは、村人が連れている家畜。牛や豚、鶏のように見えるが、人間のようでもあるのだ。半人半獣の、人ならざるもの。やがて厩舎らしき建物を発見し、中を捜す。そこには屋宜沼がおり、移季に小麦を与えている。屋宜沼が立ち去った後、移季のもとへ向かうが、なんと彼も半人半獣と化していた!巨大な牛のような、ミノタウロスのような、怪物。『ヘブンズ・ドアー』で命令を書き込んでも、どんどん別の文章に書き換えられていく!つまり、移季が刻一刻と別のものに変貌しているのだ。これが「楽園の落穂」の力?と、いう事は……。
やはり、屋宜沼もまた『ヘブンズ・ドアー』の命令を無効化していた。いつの間にか、露伴達は村人に包囲されていた。屋宜沼は露伴達に「楽園の落穂」をもっと食べさせ、この村の一員にしようとしている。人牛と化した移季が、露伴に小麦を強引に食わせようとしてくる。その時、羊が泣きながら父に語り掛ける。わたしが食べるから、もとのパパに戻って……と。すると、もはや自我も失っているはずの移季が、娘に決して小麦を食べさせまいと動いたのだ。そして、胃の中の「楽園の落穂」を一気に吐き出し、その姿も人間に近いものに戻っていった。
村人達は、移季が吐き出した大量の小麦に群がり、場は大混乱。そして、目の前に立ち塞がる屋宜沼に、再び『ヘブンズ・ドアー』を使う!今度はもっと深く、より内面へ。―― 屋宜沼は、本心から移季親子を心配し、力になりたいと願い、新しい小麦を探し求めていた。農業系の先端企業で遺伝子改造小麦の開発に没頭し、その末、超古代種「楽園の落穂」を現代に蘇らせる事に成功。だが、この小麦は食した生物の体質を改善してくれるのではない。恐るべき生命力と生存本能によって、食した者の精神も肉体も奴隷に変えてしまうのだ。各々の個性に見合った役割と姿を与えるのだ。人間を自らの支配下に置き、自らをより繁殖させるために。……さらに、糊付けされたように閉じられたページを見付け、そこも開く。そのページに書かれていたのは、屋宜沼のものではなかった。「人間は繁殖のために必要な家畜」「生存しろ」「繁殖しろ」この村の支配者は屋宜沼ではなく、「楽園の落穂」そのものだったのだ!
露伴達は麦畑まで逃げる。村人達も松明を持って追って来る。過酷な時代に生きてきた「楽園の落穂」は、そのあまりにも強靭すぎる生命力のため、ただ生きようとするだけで多くの生物を犠牲にしてしまう。現代に蘇った恐竜のようなものなのだ。そう思うと悲しい生き物だが、人間には人間の生活がある。『ヘブンズ・ドアー』で村人達に「その手で麦畑に火を点せ」と命令。すぐに無効化されてしまうものの、火を放つだけなら一瞬で十分。燃え広がっていく麦畑と、必死に消火しようとする村人達を背後に、露伴達は山を下りるのだった。


あれから一月ほど。「楽園の落穂」は全て燃え尽き、村人達も救出されて正気に戻っていた。獣化が治った移季ともども、あの村での記憶はかなり曖昧になっているようだ。
そして、改めて移季親子とレストランで食事をする露伴。恐ろしい目に遭ったはずの羊もすっかり元気になり、以前よりも積極的に「食べる喜び」を感じている。ごく少量の小麦をあえて食べる事で体を慣らしていくアレルギー治療も始めたらしい。今度、屋宜沼とも食事する予定だそうだ。
露伴があの村での出来事をベースに描いた新作のネームを読み、移季も大喜び。そこに、このレストランのシェフが現れた。なんと、料理界で流行しつつある「楽園の落穂」という名の小麦を使ったバゲットをサービスしてくれるという。戦慄する露伴。何故か食べてはいけない気持ちになる移季。単に同じ名前の安全な品種なのか?それとも、種子が風に乗って拡散し、別の土地でも繁殖していたのか?……食べてみたいと言う羊を大慌てで制止し、露伴と移季はバゲットをお互いに押し付け合っちゃうのであった。



(感想)
「田舎に行ったら襲われた」系ホラーな物語でした。ってか、「戯れない」に収録するエピソードはそれ系で揃えたのかも。「叫ばない」は現象、「戯れない」は場所、そういう分類でそれぞれの怪異を集めた……と言えない事もない。
厳しい岩山の隔離された村。山の不安定な天候。そんな逃げ場のないシチュエーションだけで、危険な香りがプンプンです。村人達も露骨に怪しいもんだから、不意に何かが起きそうで非常にスリリングでした。

古代の小麦「楽園の落穂」そのものが黒幕というタネ明かしには嬉しくなっちゃいました。「黒蜘蛛」や「ロレンチーニャ」みたいな「未知の生物」オチが大好きな自分にとっては、かな~り好みの話なのです。その理由にしても、人類史において重要な農耕革命に基づいたもので説得力がある。「ジョジョリオン」で豆銑礼さんも「人類が農業を始めたのが約1万年前」「最初は小麦とエンドウ豆を育てた」って言ってましたよね。「小麦」という、人類にとって古くから最も身近にあり、無くてはならない食物が人類を支配しようとする。あるいは、実はすでに支配されているからこその「今」なのかもしれない。そういう考えはした事がなかったので、新鮮な驚きと同時にリアルな恐ろしさがあります。
「楽園の落穂」の生命力には、ある種の「生命讃歌」すら感じられました。自分を食べた者を家畜にして繁殖するほど、『ヘブンズ・ドアー』さえ封じてしまうほど、常軌を逸した生命力。人間から見れば「ロカカカ」にも匹敵する「悪魔の植物」ですけど、こいつらはこいつらなりに、ただ生き抜こうとしているだけですからね。その姿に善も悪もありませんが、しかし、もはやこの時代のこの星に居場所はないのです。その孤独と悲哀もまた味わい深い。
そして、ラストも読後感爽やかなハッピー・エンド!「楽園の落穂」が別の地で繁殖している可能性が残されてはいますが、ドタバタコメディっぽい賑やかな終わり方が心地良かったです。不吉さと幸福感のバランスが程良い結末でした。改めて、小麦と出逢ってくれた人類の祖先に感謝したくなる物語でした。

……惜しむらくは、屋宜沼が語りすぎだった点でしょうか。小麦の立場に立って語ったり、あからさまに怪しげな言動を繰り返したりしたもんだから、「楽園の落穂」自体が黒幕っていうせっかくのオチがなんとなく予想できてしまった。タネ明かしでもっとビックリさせてほしかった。小説として伏線を張っておく必要もあるのでしょうけど、ちと過剰だったかもなぁ。
ちなみに、獣化した移季が人間に戻れる治療って、具体的には何をしたんでしょうね?単に「楽園の落穂」を食べなければ自然と戻るのか?はたまた、トニオさんでも呼んで料理を食わせたのか?(笑) さらっと流されちゃったから、妙に気になりました。


著者の吉上亮氏のTwitterによると、この物語はプロット段階から荒木先生に意見をいただいて書かれた作品なんだとか。なるほど、それも頷ける話です。文体が珍しく露伴一人称だったのも、その影響なのかもしれません。これまでの物語で一人称だったのは、「検閲方程式」と、「Blackstar.」の回想部分くらいでしたから。その2作は話の流れ上、一人称である必要がありましたが、この物語はあえて挑戦したのかな?やはり露伴の内面をそのまま書き出すってのは、相当大変なんでしょうね~。そこも評価したいところです。
そして、ベタだったかもしれないけど、移季の父親としての愛情にも泣けました。もちろん、羊の父への愛も。そういうお互いを思いやる心は、生存・繁殖以外に何もない「楽園の落穂」と対照的です。この辺はマジに、今の荒木先生らしい情緒と風情を感じましたよ。屋宜沼も本当はめっちゃ誠実ないいヤツで、移季親子のためにあんなに頑張ってくれてたんだな……とグッと来ました。それだけに、最後はみんなが無事で本当に良かったッ!
羊への露伴の優しさも、ヒナ鳥を助けた「富豪村」や赤ちゃんを抱いて守った「月曜日 天気-雨」なんかと通じるものがあります。なんだかんだで、露伴は「弱き者」に優しい。そこが話の主題じゃないとは言え、彼のそんなヒーロー性もさりげに垣間見れました。どこからどこまでが荒木先生の意見が反映されたポイントなのかは分かりません。でも、吉上氏の個性の裏側から、荒木先生の精神も確かに感じ取れて満足です。




―― 「岸辺露伴は動かない」シリーズの短編小説集企画、心から楽しませてもらいました。新作も含めた全9話、どれもが個性的で趣向が凝らされていて面白かった!正直、もっともっと読みたいです。露伴が冒頭でナビゲーター役として読者に語り掛けてくるスタイルの作品も読んでみたいし。次巻も勝手に期待しています(笑)。
そうなると、タイトルはどうなるかな?「岸辺露伴は偽らない」とか、「岸辺露伴は眠らない」とかどうでしょう?




(2018年8月2日)




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