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The Book
〜jojo’s bizarre adventure 4th another day〜





2007年11月26日に発売された、乙一氏による「ジョジョ」4部のノベライズ小説。2002年、「読むジャンプ」にて「テュルプ博士の解剖学講義」プロローグが掲載されて以降、まったく音沙汰ないまま、時だけが静かに過ぎ去っていきました。その存在は半ば都市伝説と化し、もはや発売を諦めていた人も少なくなかったでしょう。
しかし、「ジョジョ」連載20周年にあたる2007年。「ジョジョ」関連のイベントやグッズが次々と世に出されるこのタイミングを見計らっていたかのように、その時は唐突に訪れました。乙一氏は5年もの間、ひたすら書いては捨てを繰り返し、納得の出来る作品を追求し続けていたのです。大のジョジョファンの乙一氏だからこその情熱とこだわり!試行錯誤の果てに「テュルプ博士」とは完全に別の内容になってしまったものの、ついに作品は完成。日の目を見る瞬間がやって来たのでした。それがこの「The Book 〜jojo’s bizarre adventure 4th another day〜」です。



さて、今作の内容はと言うと、2000年1月の杜王町で起こった女性変死事件をキッカケに、新たな戦いに仗助達が巻き込まれていくといったもの。この物語は、主に3つの視点から語られています。現在パート:「広瀬康一」視点、現在パート:「蓮見琢馬」視点、過去パート:「飛来明里」視点の3つです。それぞれの視点から見える世界、語られるストーリーはまるで異なり、それらは並行しながら、時に結び付き、時に表と裏に分かれます。
康一くんパートには、4部キャラももちろん登場。露伴先生、仗助、億泰、由花子さんといった、おなじみの顔触れに再び出会えます。言動や性格もほとんど違和感なく書かれており、懐かしさでニヤリとさせられました。露伴の一人称(「わたし」「うちら」)等は少し気になったけど、大した問題でもないですし。そんな彼らが日常を過ごす冬の杜王町で、ひっそりと蠢く悪意。血まみれのネコから幕を開けた事件、その核心へと徐々に迫っていく感覚がスリリングでした。探偵っぽくてワクワクするし、吉良を追い詰めていった時のようで4部的ですよね。
琢馬パートは、実質的にこの物語の主人公である蓮見琢馬と、双葉千帆というヒロインの出会いと交流が描かれています。無論、彼らは乙一氏のオリジナル・キャラ。ほとばしる程の健全性・健康性を誇る荒木キャラとは違い、清らかなまでに病んだ少年と、何の変哲もないごくごく普通の少女です。自分の全てが記録されるスタンド能力ゆえに、過去を記憶し続けてしまう少年。離れてしまった大切な人達に、自分との思い出を忘れないでいてもらえる小説を書く事を夢見る少女。2人の歩んで来た人生と心情が丁寧に描写されており、その存在感や行動の動機には強い説得力がありました。正反対に見えるけれど、どこかで通じていたように思えます。「本」こそが自分の存在の「証」であり、自分と誰かを繋ぐ「絆」になるという点で。
明里パートは、過去編という事もあって、独立した物語のように書かれています。恋人だったはずの男・大神照彦に騙され、殺されかけた挙句、ビルとビルの隙間の小さな空間に閉じ込められてしまった女性・飛来明里の壮絶な生涯。もしかすると本当にあるかもしれないと考えてしまうリアリティーがありました。危ういバランスで保たれる彼女の生命に、息の詰まりそうな閉塞感絶望感を抱かずにはいられません。しかし彼女は、どんなに泥にまみれようとも希望を捨てず、両親や生まれてくる赤ん坊を想い続けます。最後まで堂々と生き抜いた彼女は気高く輝いていました。徐倫の姿がダブって見えます。
それらの3つのパートはやがて大きな流れとなって、1つに繋がっていきます。そこから浮かび上がるストーリーは、あまりに哀しい復讐劇でした。



全ては、琢馬の、父への復讐。その父とは、千帆の父親でもある双葉(大神)照彦。飛来明里の子である琢馬は、母を無惨に死なせた父を絶望の底に突き落とすため、千帆に近付き、自分を探る織笠花恵をも殺害したのです。そして、琢馬と照彦、父子の再会。その夜の火災と、最後の戦い。仗助達が琢馬と戦う理由が弱いといった感想もあるようですが、母親を殺されかけた仗助は言わずもがな、他の連中にしたって、杜王町でスタンド絡みの殺人が起きているのに放っておく理由の方がないと思います。仗助達からすれば、琢馬も吉良と同等の殺人者ですから。
とにかく、叙述トリックってヤツにまんまとやられましたね〜。序章やその後の琢馬を読んで、琢馬は千帆に殺されるものとばかり思い込んでしまってました。『メモリー・オブ・ジェット(黒い琥珀の記憶)』という絶妙なネーミング。この能力は琢馬ではなく、照彦のスタンドだったのです。てっきり照彦が真の敵となって、仗助達と戦うのだろうと想像していたら、まさかの展開です。あれほど邪悪だったクセに、照彦があっさりと退場してしまったので、拍子抜けっつーか、もっと彼の描写が欲しい所でした。
図書館でのスタンド・バトル。億泰大活躍の巻。原作ではあまり活躍の場がなかった億泰ですが、この小説では仗助以上に気合いの入った書かれ様でしたね。ちゃんと精神的な成長も見られた上、シンプルで豪快な能力を上手に活かしていました。琢馬の視点で描かれる事で、その脅威と恐怖が更に引き立てられています。『ザ・ハンド』に倣って、琢馬が自らのスタンドに『The Book』と名付けるシーンがゾクゾク来ましたし、乙一氏はよっぽど億泰が好きなんだなあ〜と感心しました。さすがに勝てはしないだろうとは思っていましたけど、敗北しても仗助へメッセージを伝えるために両目を潰すって根性が凄まじい。それを的確に受け取る仗助といい、やっぱコイツらはグレートなコンビです。
そして、夜の屋上での死闘。星空と、雪と、杜王町。輝く光達の中心で、命を燃やし尽くす2人。壮絶な戦いとは裏腹に、静かに美しく語られる情景描写が印象的です。ここでも琢馬の視点から仗助の心理や『クレイジー・D』の能力を推理し、それに合わせて戦術を練っていくというスタイルは変わりません。原作を読んでいる我々には既知の事実でも、琢馬にとってはまったくの謎!緊張感ある戦いが味わえます。この小説では全体的にスタンドのルールや利用法、戦法や演出が実に4部的に表現されている事もあって、読みながら自然と琢馬や仗助達が脳裏で動いてくれます。ただ、仗助の恩人を検索するという辺りは、ちょっとテンポが悪くなっちゃった気もしますね。仗助の内面をえぐる巧い手かもしれないし、破滅させるために父を追う琢馬との対比も見事ではありましたが。でも、満身創痍で自慢の髪を整える仗助はマジにカッコ良かった。
最後の一騎打ちは、この物語の中で最も好きなシーンです。両者血まみれになりながら、余計な小細工抜きで真っ向から勝負!その刹那、「本」のページがめくれていくように、琢馬の今まで歩んできた人生が浮かんでは消えていきます。敗れ去ってしまった瞬間、生まれ落ちた頃の記憶も……。ここで初めて、琢馬の能力が生まれた理由が明かされるのですが、母の「自分を忘れないでいてほしい」という願いを感じ取ってのものだったとは。泣けました。琢馬が交通事故に遭う時に思い出せずにいたモーツァルトの曲も、この時に聞こえていたものだったのです。(63巻の作者コメントから考えると、モーツァルトの曲は「運命」の象徴でもあるのかもしれません。)それまででも充分に切ない気持ちだったのに、ますます明里と琢馬の母子に感情移入してしまいます。仗助達と戦わねばならなかった事が、死んでいってしまう事が悲しい。悪役の過去を描くとかわいそうな敵になるっていう、荒木先生の言葉を実感させられました。



「夜空をうめつくすだけの言葉を、自分はこの町で、得られたということだ。」


「さびしくない。だれもさびしくはないのだ。この世に生きている人は、ひとりのこらず。」



終章。自分を助けようとする仗助。しかし、そんな彼の肉体も限界が近い。きっと、だから琢馬は、あえて自ら命を絶ったのでしょう。「本」が夜空に溶けて消えていったように、琢馬の人生も誰にも知られる事なく、伝えられる事なく、永遠の闇へ消えていきました。
いくつか謎も残って消化不良な感もありますが、それがまた孤独なヒーローっぽくてやるせないです。母が望んでいたであろう幸福な人生は歩めなかった琢馬。明里の両親でもある、自分の祖父母に会いに行っていた事からも、きっと彼自身、温かい家族に囲まれる日常を渇望していたはず。しかし、友人との思い出の万年筆を武器に使った時点で、琢馬は人として大事なものを捨ててしまい、ああいう結末しか残されていなかったのかもしれません。それでも、彼は彼なりに、自分の人生に納得し、満足して死んでいったのでしょう。
そして、2000年・夏。康一くんと千帆の再会。あの夜、何があったのかは詳しく書かれませんでしたが、大好きだった父を殺害した千帆。彼女はなんと琢馬の子を妊娠してました。これこそが琢馬の復讐の完成形。照彦の愛する娘の血を、彼自身の呪われた血で汚すという行為。妹である千帆を孕ませるという禁忌。千帆は自分が復讐に利用された事を知っても、なお、彼に感謝し愛してもいるようですけど。理由はどうあれ、琢馬と照彦はやはり父子ですね。同じような事をしてる。血統の妙、血統の業です。そんな連続する「運命」に囚われた、罪深い母と子。しかし、康一くんの最後の言葉で救われました。康一くん、グッジョブです。ヤバい後味になりかけていた所に、爽やかな希望を残してくれましたよ。やっぱり杜王町の物語を締める役目は康一くんにしか出来ません。


「遠くへ!遠くへ行くんだ!運命も追ってこない遠くへ!」



不気味で恐ろしくて、でも、切なくて優しい物語でした。紛れもなき人間讃歌!これは荒木先生は描かないタイプのストーリーだと思うので、乙一氏とのコラボだったからこそ生まれる事が出来た物語です。2つの異なる個性が溶け合っていました。乙一氏の「ジョジョ」への愛と、「文字」や「言葉」や「本」への敬意を感じる小説です。
ひらがなが多くて微妙に読みづらい気はしますが、乙一氏の文章には不思議なリズムがあって面白いですね。冬の情景や日常の描写も身近な感じでいいし、メタ的な部分や細かいネタも多くて笑えました。楽しんで書いているのが伝わります。メタは評価の分かれる所とは思いますが、私としては4部の世界観なら一応セーフかな。杜王町は現実と幻想の狭間にある町なんですよ!などと言ってみる。
この本そのものが『The Book』に似せた装丁になっているのも心憎い演出です。ただ、琢馬が「本」に名前を付けた時に、表紙に『The Book』と題名が刻まれたなら、もっと燃えたろうなあ。荒木先生の描かれた挿絵や飛び出す絵もステキでした!今の絵柄で描かれる仗助達は渋みが増しているし、絵自体は決して自己主張し過ぎずに、メインである小説に彩りを添えてくれていました。まあ、例によって細かい部分が色々と変わっちゃってますけど、そこを含めて楽しんだ者勝ちなのです。琢馬は冷たく鋭い空気を放ち、千帆は可愛いけど影のある雰囲気がありますね。トニオさんが描かれた事も嬉しかった!個人的な要望としては、図書館の全体図や見取り図、図書館の場所も記された杜王町マップ・最新版なんかもあれば最高でした。あと、杜王町はず〜っと1999年のままでいてほしいっていうワガママな気持ちもありましたね。
長々と書きましたが、とっても楽しめました。強烈に心に焼き付く「何か」がある物語でした。荒木先生は「ハッピーエンドとは違う、豊かな感じ」と評していましたけど、その言葉の意味が分かりました。乙一氏にはいつの日にか、未完成の「テュルプ博士」も描き切ってほしいですね。さぞかし素晴らしい作品になるはず。仗助達の「黄金の精神」が、薫くん(主人公の少年)や町の人々に自然と染み渡っていく姿が見たいです。期待してます!




(2007年12月2日)




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