TOP  戻る



岸辺露伴は動かない
エピソード#09 ザ・ラン





2018年2月26日発売の「週刊少年ジャンプ」第13号(2018年)に掲載された、「岸辺露伴は動かない」シリーズ第8弾!48ページのボリューム!ジャンプ創刊50周年というめでたき年に、荒木先生も新作読み切りを引っ提げて里帰りですッ!しかも、これでついにページ数も溜まったようで、コミックス2巻の発売もすでに決定しています。この調子で今後もどんどん新エピソードが増えていってほしいものですね。
カラートビラ絵は、ランニングしている一瞬を切り取ったかのような露伴の姿。肉感的な右腕が、シリーズ中で最もフィジカルな怪異となる今エピソードを象徴しています。薬指の『ヘブンズ・ドアー』リングもチャーミング。カラー的には、ほぼほぼな印象ですね。紫は「ジョジョ」や荒木作品のイメージカラーの1つと言っても過言じゃないので、ワクワク感もたっぷり!
そして、一際目を引くのが、左側から伸びた4本の絵筆。コミックス1巻の表紙イラストを思い出させますが、このトビラ絵では絵の具が思いっきり露伴に塗りたくられてます。その絵の具の色がイイ感じに差し色にもなってる。絵のように演出した写真を絵に描いた……みたいな、なんともメタっぽくて不思議な1枚に仕上がりました。同時に、奇妙な事件の幕開けをも予感させます。




さて、「懺悔室」以来の2ケタ台エピソードとなる物語(コミックス収録に伴い、エピソード・ナンバーが「#09」に変更されました)。その名は「ザ・ラン」。―― 始まりは、謎のリモコンと、それを取り合う2本の手。一体全体、誰が何してるんだか分かりませんが、だからこそ先を読みたいという気持ちにさせられます。荒木先生がいつも気を遣っている、1ページ目のインパクトは健在でした。
そこから語り部:岸辺露伴による導入となります。どうやらこのエピソードで右手を大怪我してしまったらしく、しかも、「自分の性格が原因だった」「余計な所に首を突っ込んだ」と全面的に非を認めています。しかも、このエピソードをあまり話したり思い出したりしたくなさげに、頭まで抱えてる。こりゃ珍しい……。よっぽどの目に遭っちゃうんだろうな(笑)。ちょっと「ビーティー」の公一くんの導入部を彷彿とさせるものがあり、懐かしい気分にもなりました。まぁ、露伴の心境はともあれ、読者としては期待値もますます上昇!



本編は、これまた珍しく東京・原宿からのスタート。このエピソードの最重要人物となる21歳のイケメン「橋本 陽馬 (はしもと ようま)」は、杜王町から原宿に遊びに来た時、モデル・プロダクションにスカウトされました。雑誌に写真が載り、小さな役で映画にも出て、撮影現場では綾野剛さんや佐藤健さんも見掛けた模様(笑)。そして、プロダクションの担当者に「肉体を鍛え上げなきゃ駄目」「スターってのは立っているだけでオーラを放つ存在だから、美しい立ちポーズが優先」と言われた彼は、素直にジム通いするようになったのでした。
真面目に筋トレに励んだ甲斐あって、トレーナーからもお褒めの言葉を頂戴する程に。(プロダクションの担当者といい、このトレーナーといい、クセがスゴすぎだけど。) 彼も褒められて満更じゃないらしく、鏡の前で裸でポーズを決め、引き締まった己の肉体に見惚れております。

……ところが、この時を境に、陽馬は徐々に逸脱した行動を取り始めていきます。早村ミカちゃんという彼女のマンションに居座ってるみたいなんですが、勝手に大量の鉄アレイを置き、部屋の中でも縄跳びしてトレーニング。ミカちゃんがせっかく作ってくれたスパゲティも食べず、筋肉が喜ぶタンパク質メインのメニューを要求。ミカちゃんのサイフからカネを抜き取り、プロテインも購入。挙げ句、夜7時寝の朝4時起きというトレーニング・スケジュールのため、夜に宅配に訪れた配達人にも激怒。いくらなんでもストイックすぎです。
やがて、その行動はさらにエスカレート!なんと、ミカちゃんの部屋を勝手にボルダリング用の施設に改造しちゃってます。クライミング・ホールドを取り付けまくった部屋の、その異様な光景。その上、ミカちゃんのキャッシュカードから27万円も引き出し(暗証番号も元カレの誕生日で楽々突破)、徹底個人指導のトレーニング・コースまで受けている様子。話もまるで噛み合わず、常軌を逸した彼に激怒し、「出て行け」と絶叫するミカちゃん。すると、陽馬は窓を開け、そこから出て行きました。この部屋はマンションの上階なのに!なんとなんと、彼はミカちゃんの部屋だけでなく、マンションの壁面いっぱいにホールドを設置!出て行く時もボルダリングでトレーニングを怠りません。ここまで来ると、もはや狂気!夜のマンションを壁伝いに下りていく陽馬の姿は、どこか悪魔じみて映ります。



そんな陽馬と露伴は、同じジムに通っていたらしく、些細な会話がキッカケで知り合いになった模様。2人はトレッドミルを使ったゲームをしたようです。トレッドミルは2台、停止用のリモコンは1個のみ。その状態で走り、最高速度である時速25kmにまで加速・到達した瞬間、お互いの間に置かれたリモコンを取り合う。勝者は悠々とマシンを停め、敗者は25km/hものスピードで走り続ける事など出来ず、マシンから転げ落ちてしまう。……なるほど、冒頭1ページ目の謎の描写はそれだったんですね!
前回は露伴が勝ち、陽馬は無様に転げ落ちてしまった。今回はそのリベンジ・マッチに執念を燃やして、肉体を極限まで鍛え抜いてきたようです。単なる遊びのつもりでいた露伴は、彼のあまりの本気っぷりと精悍なる体付きに焦ります。しかも、よく見ると、背中や両脚のくるぶしの筋肉が奇妙な形に浮き出ている。彼はすでに「人の領域」をも踏み超えてしまったのか?彼は何者なのか?

陽馬が言うには、前回の勝負の時、露伴はリモコンを置いた台を一瞬叩いて、その振動で自分の手の方に倒れるように仕組んだとの事。要はイカサマって事。しかし、彼にとっての勝負には「公正さ」が絶対必要。お互いに恨みつらみを残さないための「公正さ」が。
陽馬はおもむろに後ろ向きになり、20km/hの速さのままバック走!すると、2人のすぐ背後にあった窓に鉄アレイを投げ付け、ガラスをブチ割っちゃいました。ここは杜王グランドホテル8階のトレーニングジム。もし負けたら、最悪転落死。運が良くて、ガラスの破片で全身大怪我。ただのお遊びが、ガチのデス・ゲームと化す。そんなもんにマトモに付き合ってはいられないので、露伴はすかさずリモコンに手を伸ばします。ところが、その右手を陽馬が掴み、骨をヘシ折るッ!まだ25km/hに達していないのに、リモコンを取るのはルール違反。そして、ちゃんとリモコンのボタンが押せるよう、指2本は残しておいた。これが彼の「公正さ」!彼の中でしか通用しない、異常で理不尽で危険極まる「公正さ」。

けれど、露伴もやられっぱなしでは終わりません。『ヘブンズ・ドアー』で、陽馬の腕を「本」にしていました。そこには陽馬の筋肉へのこだわりのみならず、恐るべき事実も書き記されていたのです。なんと彼は、筋トレの邪魔をした者達を次々と殺害していたのです!ミカちゃんも、配達人の沢木さんも、彼のトレーナーを予約で奪ったジムの客も……。そして、死体はセメントであちこちに埋めていた。事務的に押されている済み印が怖くておぞましい。それに、さりげに陽馬、ミカちゃんのネックレスを付けてるように見えますね。殺した時に奪ったんでしょうけど、いびつな愛情なのか、金目の物だからついでに貰っといただけなのか。
マシンは加速し続け、ついに最高速度25km/hに到達!決着の時が訪れました。2人同時にリモコンへ手を伸ばす!一瞬速く奪い取ったのは……、陽馬でした!大喜びで勝利宣言する陽馬。しかし、荒木作品で勝利宣言という行為は逆転敗北フラグ。例に漏れず、やっぱり陽馬もでした。露伴は自身の負けを悟った瞬間、陽馬の手の甲に『ヘブンズ・ドアー』で命令を書き込んでいたのです。「本」のページじゃなく、手の甲に直書きだけど。まぁ、「動かない」シリーズの『ヘブンズ・ドアー』は能力範囲が広いし、そもそもどっちにしても大差はないしね。とにかく、書き込んだ命令とは「停止ボタンは 露伴のマシンへ向けて押す」
露伴も陽馬の美しく素早い動きを称え、敗北を認めます。勝負は陽馬の勝ち。ただし、停まれるのは露伴の方。露伴にとって、別にこのゲームの勝敗自体はどうでもいい。シンプルでスマートな解決法でした。陽馬は後ろに吹っ飛び、ガラスの割れた窓から落下。その刹那、鋭く冷たい目で睨み付け、「露伴…」と呟く陽馬が不気味すぎる。



どうにか生き延びる事が出来た露伴ですが、陽馬が死んでなどいない事も確信していました。そして、知らぬ間に彼の「レッドライン」を超えてしまった事も。もし見下すように窓から下を覗いたら、きっと露伴は陽馬に殺される。この場所からすみやかに立ち去らなければならない。
さっき彼の背中とくるぶしの筋肉は翼の形に見えた。髪の毛がなびいた時には、耳の後ろにも翼の形があった。あれは「印」。彼は「筋肉の神」に取り憑かれた男。例えばギリシャ神話なら、体育の神とか伝令の神とか俊足の神とか言われる「ヘルメス神」。橋本陽馬は「ヘルメス神」の化身となった男だったのです。「こだわり」なんてレベルを超越し、「信仰」の域にまで達していた筋肉美への追求心が、神の力をも引き寄せたのでしょうか?「マ神」の力でムッキムキになったキャシャリンみたいな?(笑) このまま鍛え続けていけば、ガチで翼が生えてきたりして。
また、「ヘルメス神」は、産まれて間もない頃に泥棒をし、平気でをついたとも言われています。ミカちゃんからカネをくすね、殺害ついでにネックレスを奪ったのも、そこから来ているのかも。すぐ返すなんて言ってたけど、それも嘘だった可能性がありますね。ミカちゃん、可愛くてイイ子だったのに……。
そんなデンジャラスでアンタッチャブルな陽馬と遭遇し、ガッツリ関わってしまった露伴。間違いなく本気で必死に勝負をしたものの、彼がそれを認めてくれているとは限りません。逆鱗に触れていない事を願いながら、この場はただ、逃げる(ザ・ラン)しかない。




―― うん、実にサスペンスフルで面白かったです!「うんうん、分かる」「あるある」っていう日常風景からの、芽生える些細な違和感。そして、そこからの度を越した激化。いつもながら、エスカレートしていく流れがホラーです。トレッドミルの速度と共に、物語のスピードも加速していく構成も見事。端から見ればくだらないけど、やってる事はガンマン同士の早撃ちの決闘と変わりません。命を懸けた男達の緊迫感と疾走感にシビれました。いくらジムに通ってたって、こんな話、荒木先生じゃなきゃ描けないでしょ。
個人的には、陽馬のキャラクターと描写が特に好きでした。彼はたぶん、すごく純粋っていうか単純っていうか、そういう人柄なんだろうなと思います。言われた通りに筋トレに励み、褒められて喜んで、「もっと」「もっと」と頑張って。ピュアであるがゆえに、どこまでものめり込んで突き詰めてしまって。でも育ったのは、歪んだ「筋肉信仰」と「ナルチシズム」。口では「公正さ」がどうのこうの言ってても、結局は自分のプライドを傷付けるヤツが許せないってだけにも見えるしな。
肉体美も素晴らしく、絵としての説得力がありました。「ジョジョ」1・2部の頃のような過剰なムキムキマッチョではなく、現代的なスタリッシュ・マッチョ。全ての無駄を削ぎ落とし、極限まで絞り込んだ筋肉……という印象です。顔付きや目付きも、だんだんと凄みが増していってて、確かに神が宿っていたとしても不思議じゃない程。今の荒木先生が描く「肉体讃歌」、でもあったのかもしれません。
ただ……、今回初めて露伴を知る読者からすると、『ヘブンズ・ドアー』の存在や能力は意味不明に感じちゃうかな?かと言って、毎度毎度同じ説明するのも変だしなぁ。この辺は、特殊な読切シリーズ物なので難しい問題。

ちなみに、作者コメントは「少年ジャンプ祝50周年に露伴が参加できてとても嬉しい。おめでとうございます」でした。私も、「週刊少年ジャンプ」のますますの発展を祈っています。そして、時々折に触れて、荒木先生に執筆依頼をしてもらえたら嬉しいですね。



なお、今作でもまた「JohDai」の文字を発見しました。詳細はこちらで。




2018年7月19日発売の「岸辺露伴は動かない」コミックス第2巻に、このエピソードも収録されました。すると、エピソード・ナンバーが「#10」から「#09」に変更されていました。そんなワケで、こちらもナンバーを修正しておきます。




(2018年2月26日)




TOP  戻る

inserted by FC2 system