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岸辺露伴は動かない
エピソード#08 D・N・A





2017年8月12日発売の「別冊マーガレット」9月号(2017年)に掲載された、「岸辺露伴は動かない」シリーズ第7弾!荒木先生にとって初の少女漫画誌掲載であり、ページ数も50ページと大ボリューム!今年2017年は「ジョジョ」30周年という記念イヤーなので、より多くの人に荒木先生や「ジョジョ」を知っていただくための企画でもあるんでしょう。でも、「別マ」読者はさぞやビックリした事でしょうね(笑)。
さて、そんな我らが岸辺露伴。「別マ」の裏表紙を鮮烈に飾ってくれました!まずは読者の皆さんへのご挨拶ってな感じに、こちらを真っ正面から見つめる露伴の無表情バスト・アップ。まあ、あまり奇抜なポーズや構図で攻めてしまうと、「別マ」読者の女の子達を怖がらせてしまうかもしれませんからね。しかし、丁寧に描き込まれた露伴は美しく、色使いも印象的。露伴の青と黄色とピンクが、背景のグリーンによく映える。
カラー扉絵もありまして、こっちの方は、「ジョジョリオン」15巻表紙の定助と同じポーズを決めた露伴の全身が描かれています。「別マ」仕様の新衣装もカラフルでシャレてますね。そして、背景には今作のエンブレム的な露伴のピンク・シルエット。グリーンとピンクもすごくイカした色の組み合わせなんだな~、と思いました。




―― で、本編。何やら車内で2人の若い男女が会話しています。男性は小指で頭をポリポリ掻いたり、舌をペロッと出したり、何かの失敗をごまかしている様子。買ったばかりの缶ジュースのプルタブを小指で開けると、女性に差し出します。「大丈夫だよ 心配しないで」「君は何も恐がらなくていい」「きっといいヤツ」「オレはきっといいヤツ」……と、意味深なセリフまで。そして、司法試験に合格してから結婚式を挙げようとしていた事を後悔。
2人がいる場所は、トラックと大事故を起こし、ひっくり返った車内だったのでした。しかも、トラックが積んでいた鉄柱が突き刺さって。男性からは血が流れており、きっと彼はこのまま……。


ある日、露伴は由花子さんに呼ばれ、保育園前のカフェを訪れていました。誰もが思ってるでしょうけど、この由花子さん、実写版で彼女を演じた小松菜奈さんをモチーフにしてるな(笑)。それはさておき、当の露伴はまったく乗り気じゃなさそう。アー君(岩切厚徳選手?)が活躍する「晴天バーディーズ」の試合を観るとか何とか言って、さっさと話を切り上げようとしてます。絶対、野球にも興味ねーだろ。
由花子さんが露伴を呼び出した理由は、彼女が連れて来た1人の女性にありました。彼女の名は片平 真依 (かたひら まい)。「片平」も仙台の地名ですね。この真依さんは、由花子さんのお母さんと知り合いらしい。由花子さんの家庭環境はほぼ不明だから、どんな母親なのか見てみたいところ。しかし、他人の悩み相談なんぞどーでもいい露伴は、スマホいじりながら「お役に立てるなら とっても嬉しいでェェ~~~すッ」と心の全然こもってない言葉(笑)。
そんな露伴を気にも留めず、真依さんは身の上話をスタート。どうやら彼女は、冒頭に登場した女性だったようです。あの事故で夫を亡くしてから15年、どうしても他の男と恋愛する気にはならなかったらしい。それでも子どもだけは欲しかったから、精子バンクの提供を受けて娘を授かった、との事。由花子さんに「精子」というワードを繰り返し言わせようとするセクハラもかましつつ、露伴は何となく察しました。相談は彼女自身の話ではなく、娘についての事なのだ、と。娘の名は真央ちゃん。今年3歳になる真央ちゃんには、多くの奇妙な特徴がありました。「逆さまの言葉」しか喋らない、足音を立てずに歩く、足元がいつもじっとり濡れている、マツ毛はまぶたには無くて下側だけ大量に生えている、もみあげもアゴまである……。そして極めつけが、お尻に生えてきたという5cm程のシッポ!他人にこのシッポを触れられると、真央ちゃんはカメレオンか何かのように全身が保護色化してしまうのです。得体が知れなさすぎて、スゲー不気味。


ここまで来ると、さすがの露伴もちょっと興味を惹かれます。すかさず『ヘブンズ・ドアー』発動ッ!やはり「動かない」シリーズの『ヘブンズ・ドアー』は能力が強いようで、なんと、受精・着床した時点からの無意識レベルの体験まで読める模様。それによれば、このシッポは遺伝でも病気でもないらしい。これは真央ちゃんの「心の形」であり、見える「スタンド能力」と言い換えてもいい存在のようです。
真央ちゃんを「治し」「普通」にしてほしい、と言う由花子さん。しかし、露伴はそれを無視します。「治す」って何を?「普通」って何?今の真央ちゃんが「真央ちゃん」であって、何も問題なんてない。現実として彼女はイジめられるかもしれないけど、この道を選んだのは真依さん自身。彼女はそれに従うべきだし、露伴はそれに立ち入る事はしない。由花子さんは激昂しますが、露伴の言ってる事は実に真っ当。勝手な線引きで「普通」とか「異常」とか決め付けるのは、その相手を侮辱・差別する事ですからね。生きる事や生きる者を肯定する、それが人間讃歌です。
真依さんもそれを感じ取ったのか、今の娘をありのまま受け入れようとし始めます。ところが、由花子さんは「本」の内容をチラッとだけ目撃したと言うのです。それは、真央ちゃんの父親の情報。父親は当時30歳で、山形在住。右側の額にキズ跡がある。……『ヘブンズ・ドアー』はそこまで分かるのかよ。


真依さんは、このあまりにもか細い情報を知ったばかりに、真央ちゃんの父親が誰なのかを突き止めたくなった様子。娘が何者で、どこから来たのか?真央ちゃんのためにも知りたくなったのです。この辺は、トリッシュにも通じるし、何より定助や康穂とも共通する想いですよね。知ったからと言って、具体的に現実が激変するワケでもない。それでも、知る事で「納得」し、「決着」をつける事は出来る。知る事で、前に進む事が出来る。だったら、知るべきでしょう。
真依さんが「父親」について思い悩み、杜王駅を歩いていた時の事。ちょうど改札から出て来た若い男性が目に入りました。彼はもみあげがアゴまであり、下側だけマツ毛がボーボー、しかも山形とS市を結ぶ「S山線」から降りてきたっぽい。しかも、よく見れば右側の額にはキズ跡も!足音も立てずに歩き、でも足元はジュクジュクに濡れている。空港でジョルノに遭遇した康一くんばりの出逢いです。まさか、この男が……!?
真依さんは彼を尾行。やがて男は、真依さんもよく知る場所に来ていました。それは真央ちゃんが預けられている保育園のある通り。なんと、男は遊具で遊んでいた真央ちゃんを抱きかかえると、そのままタクシーに乗り込もうとする!驚き、必死に娘を取り返そうとする真依さん。ところが、男が抱いていたのは、別の子どもでした。彼の息子であり、真央ちゃんの友達の友弥くん。真央ちゃんの方が男に抱き付き、保護色化したため、あたかも真央ちゃんが連れ去られているかのように見えただけだったのです。シッポを駆使した、真央ちゃんの意図的なイタズラ?

真依さんは、誤解して大騒ぎしてしまった事を男に謝罪。男は怪しい見た目とは裏腹に良い人みたいで、額のキズのせいで恐がらせたんだと思い、キズの説明までしてくれました。15年も前、登山中に滑落してキズを負ったようです。その時、彼は一度死んだものの、何とか蘇生したらしい。それ以降は、車の運転も含め、危険な事はしなくなった、と。そう言って彼は、小指で頭をポリポリ掻き、舌をペロッと出して、かつての失敗をごまかします。その姿に誰かを重ねる真依さん。さらに彼は、怯えているように見えた真依さんに「あなたは何も恐がらなくていい」「心配しないで」と語り掛けます。彼の名は尾花沢(山形県の尾花沢市が元ネタ)。奥さんとは離婚しており、週に1日2日、山形市から息子に会いに来ている、との事です。
すると、真央ちゃんがおもむろに「たいわかドノ!」と、ノドの乾きを訴える。それを聞いた尾花沢さんは、買ったばかりの缶ジュースを真央ちゃんに差し出します。プルタブを小指で開け、真央ちゃんに「きっといいヤツ」と手渡すと、それを受け取った真央ちゃんまで「きっといいヤツ」と繰り返しました。今まで一度も喋った事のない、娘の普通の言葉。真依さんは衝撃を受けます。
まさかという期待と不安を確認するかのように、真依さんは彼の仕事を訊ねます。彼は山形市の弁護士事務所で働いており、つい最近、司法試験に合格したと言うのです。その言葉で、真依さんは確信。瞳には、零れそうな程の涙。「あの時」と同じように「彼」から缶ジュースをもらいます。彼も彼で、何かを感じたかのように「以前 どこかでお会いしましたか?」と質問。真依さんは迷う事なく「お逢いしてます」と答えます。何かが通じ合った2人。お互いに見つめ合いながら、「きっといいヤツ」と囁き合います。そして、タクシーも行ってしまったので、4人で一緒に座ってジュースを飲むのでした。


……ある日、露伴は由花子さんとバッタリ。彼女が言うには、真依さんと尾花沢さんは出会って3ヶ月で結婚したらしい。きっと真央ちゃんの無意識が呼び寄せた、とも。
由花子さんはゴキゲンで去って行き、露伴も「たしかにビックリだ」「そういうこともあるのか………」と驚き、フフッと嬉しそうに微笑むのでありました。




―― このような見事なハッピーエンド!荒木先生自身も「初めての少女マンガ誌掲載で光栄です。めずらしくハッピーエンドにしたよ。」とコメントしている通りです。
荒木先生らしい、奇妙だけれど、爽やかで清らかなラブ・ストーリーでした。正直、ラストの「きっといいヤツ」で泣きそうになるほどの感動を味わいましたよ。2人の間に流れる、優しくて切なくて穏やかな空気がスゴくイイ。夫との死別に、精子バンク、セックス、受精、着床、イジメなどなど、妙にリアルな描写やセリフが飛び交ってはいますが……、少女漫画誌に相応しい物語だったと思います。美しいもの・可愛いものだけでなく、汚いもの・醜いもの・生々しいものも確実に存在するのが現実ですから。しかしそれでも、全員の心が救われるエンドなので、本当に読了感が清々しい。
最初はてっきり、真央ちゃんの父親が人間じゃなくて、彼女の身にも徐々におぞましい変化が現れる……みたいな恐怖のストーリーになるものと想像しちゃってたんですが、まさかこんなにロマンティックな話だったとはなぁ(笑)。個人的にシリーズベスト1の「富豪村」に次ぐくらい、好みのお話でした。面白かったです!

サブタイトルの「D・N・A」とは、きっと肉体的な遺伝子だけではなく、魂の遺伝子みたいな意味合いも込められているんでしょう。恐らく、尾花沢さんが滑落したのと、真依さんの夫が事故死したのは、ほぼ同時刻。その時、夫の魂のカケラ、運命のカケラ、愛のカケラ……とでも言うようなものが、一度死んだ尾花沢さんの肉体に宿った。2人の魂が混じり合った事で奇跡的に彼は蘇生し、以後、夫のクセや深層心理が彼に受け継がれたのだと思います。ある意味、ちょっと定助的でもある。
真央ちゃんは、そんな彼と真依さんが再び出会って恋をして幸せになるための「運命」の申し子だったのかな。あのシッポも、見える「スタンド能力」と言うよりも、見える「運命の赤い糸」とでも言うべきものなのかも。「引力、即ち愛(ラブ)」の体現っていうか。「運命」自体が最初から真依さんと尾花沢さん(に宿る夫)を引き寄せようと動いていたワケですが、より具体的なナビゲーターとしての役割を担ったのが真央ちゃんだったのでしょう。由花子さんも露伴さえも、その「運命」に導かれた1人。だとすれば、保護色化してるのに、真依さんには真央ちゃんが連れ去られているように見えたのも納得。そもそも「姿を消す」事ではなく「2人を引き逢わせる」事が目的の力なのだから、そりゃあ都合良く働きもするってもんです。
そんな愛情の重力に引き付けられ、ようやく一緒になれた2人。役割を終えた真央ちゃんも、きっとシッポが無くなって、「逆さまの言葉」を使う事もなくなるはず。モミアゲやマツ毛、濡れた足は……、単純に父親からの遺伝かもだから、どうしようもないかもなぁ。でも、まぁ、それもひっくるめての「真央ちゃん」です。自分の両親を幸せにした彼女なら、変な力なんて無くても、多くの人に愛される子に育つ事でしょう。
ストーリーライン的には、「愛する人の生まれ変わりと巡り逢い、また恋が始まる」という割とありがちなもの。それを「真央ちゃん」というミステリアスな存在を介して語る事で、ただの甘く切ないラブ・ストーリーにサスペンスの味わいも加わりました。


露伴も相変わらず皮肉屋でひねくれ者で最高だったし、「だが断る」も自然な流れで再登場!由花子さんとのやり取りを見てるだけで楽しかったです。アンジェロ岩に似た岩もさりげに描かれていたりと、時期的に実写版の宣伝の意味もちょっぴり含んでるのかな……とも思いました(笑)。
この作品が「別マ」読者のみなさんにも受け入れられ、楽しんでいただける事を願っています。そして、「ジョジョ」本編や荒木先生にも興味を持っていただけたなら、こんなに嬉しい事はありませんね。その入口の1つとして、実写映画を観ていただくのもまた良しです。



なお、今作でもまた「JohDai」の文字を発見しました。詳細はこちらで。




2018年7月19日発売の「岸辺露伴は動かない」コミックス第2巻に、このエピソードも収録されました。すると、エピソード・ナンバーが「#09」から「#08」に変更されていました。そんなワケで、こちらもナンバーを修正しておきます。




(2017年8月14日)




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