TOP  戻る



岸辺露伴は動かない
エピソード#10 ホットサマー・マーサ





2022年3月19日発売の「JOJO magazine 2022 SPRING」に掲載された、「岸辺露伴は動かない」シリーズ第9弾!2021年8月、「ジョジョリオン」が10年にも及ぶ連載にピリオドを打って以来、半年以上ぶりの……、しかも、記念すべき「ジョジョ」35周年の1発目となる、荒木先生の新作です。もう飢えに飢えまくった我々に、なんと特大ボリュームの71ページをお見舞いしてくれましたッ!おお、ありがたやありがたや……!
では、さっそく読んで感想を!―― と行きたいところではありますが、その前に、せっかくなので「JOJO magazine」描き下ろしカバーイラストについても触れておきましょうか。承太郎&徐倫の空条父娘ですよ。第6部「ストーンオーシャン」のアニメが絶賛放送中の今、まさに最も熱い人選ッ!当然、連載時とは絵柄が異なり、それがまたイイ味を醸し出しています。2人ともモデルみたいにめっちゃクール。特に徐倫の表情が好きです。涼やかな目線、唇の形、顔の傾き……、ハートが射抜かれざるを得ません。承太郎は、目元を覆う影の色がピンクなのが良いですね。視覚的な違和感があって、思わず目を引かれます。
さらに、この絵のメイキング&荒木先生による解説まで読めちゃうので、自分では気付かなかったこだわりポイントも改めて楽しめます。こりゃ最高!絵の奥行きやテーマにも要注目ですよ。



さて、本編「ホットサマー・マーサ」の感想の方を始めていきましょう。


カラー扉絵は、露伴&『ヘブンズ・ドアー』の立ち姿4連。相変わらずのスタイリッシュさとセクシーさで魅せてくれます。そしてコレ、本編を読み終えた後だと、反時計回りとなる「左回り」をする動作の一連の絵という事実が明確に分かりますね。
この絵はカラーリングが好きです。ピンクとエメラルドグリーンのコントラストが映えて美しい。タイトルは「ホットサマー」ではありますが、発売時期の「春」に合わせた爽やかで暖かな空気感があるよ。もし別の季節に発売されたなら、全然違うカラーになっていたんだろうなぁ。


●本編でまず最初に驚いたのが世界観ですね。2021年の出来事であった事。2021年7月7日(水)から始まるエピソード。その上、作中の世界もコロナ禍の真っ只中にあり、露伴もマスクを付けて、不要不急の外出を控える自粛生活を余儀なくされていたのです。さすがに家が無けりゃ「外出」も「自粛」も「おうち時間」もあったもんじゃないので、ついに露伴にも立派な新居が出来ました!2007年の「六壁坂」から続いたホームレス生活も、とうとう幕を下ろしたんですね。良かったね、康一くん(笑)。
今ももちろん荒木先生同様、アナログで原稿を描くスタイルですが……、仕事場にはパソコンも設置されて、編集者とはオンライン会議も可能な環境に。そこでモニター越しに会話していたのは、なんと泉京香ちゃん!2012年の「富豪村」以来、10年ぶりの再登場!TVドラマ版に触発されたんでしょうか?まぁ、彼女のあれこれは後で書くとして、問題は年齢です。25歳です。「富豪村」の頃から年齢が変わっていません。
つまり、「岸辺露伴は動かない」という作品はもう完全に、「こち亀」「サザエさん」と同じ領域に至ったという事。時代は流れ、世界は変わるけれど、登場人物はずっとそのまんま。そういう意味でも「岸辺露伴は動かない」になったのかもしれません。何気にすごく感慨深い気持ちになりました。


●タイトルの「ホットサマー・マーサ」とは、予想外にも、露伴のマンガのキャラクター名でした。キャラというよりは、異形のスタンドっぽいデザイン。3つの円・球体がくっ付いた形状をしているため、京香ちゃんが「問題あり」と判断した模様(笑)。夢の国のネズミさんに似てるから、著作権的にヤバいと。そちらの方面からクレームが来るかもしれんし、酷い誹謗中傷も確実だと。何かにつけて、やれ盗用だトレパクだと大騒ぎで批判してくる連中ってのは、絶対にいますからねぇ。しかし、露伴には決して折れる気はありません。
それにしても……、この内容の作品に「ホットサマー・マーサ」とタイトルを名付けるセンスが、荒木先生だな~って思いました。普通なら「薮箱法師」とか「神木鏡」とか、そういう感じにするでしょ。スポット当てるのそっちなんだ!?みたいな。どんなに奇妙で恐ろしい出来事も、自分の作品やキャラクターより優先される事など無いっていう、漫画家としての露伴の矜持がストレートに表れている気がします。描いた覚えのない作品や、直した覚えのないキャラが、自分のものとして世に出される事への憤り。涙浮かべるレベルですから。
それだけに、知らぬ間に原稿が完成し、コミックスになって、大人気キャラになってて、ちゃっかりフィギュアにまでなっちゃってる怒涛の展開には笑っちゃいました。挙句の果てには、「ホットサマー・マーサ」のデザイン修正だけは京香ちゃんの勝手な対応だったというオチ。ここまでナチュラルに露伴を振り回してくれるのは、やっぱ京香ちゃんしかいないな。


●コロナ禍ならではの露伴の変化も見所です。1人でいる事自体は全然平気でも、取材に行けない事が、リアリティある「体験」を味わえない事が、何よりも苦痛なご様子。相当ストレスを溜め込んでおり、うっかり失言しそうなほど精神的に追い詰められていました。「バキン」という名の子犬を飼い始め、溺愛し、荒んだ心の癒しにしてるくらいです。犬だから「南総里見八犬伝」の作者:曲亭 馬琴の名をもらったんでしょうかね?「ロハン」と「バキン」で、響き的にもちょっと近い感じするし。時間の経過を分かりやすく示す役割なんでしょうけど、今後も登場してほしいな。
気分転換にバキンちゃんの散歩へ出掛けるも、道行く人々はすっかりコロナ禍の日常に慣れ切っているようにしか見えない。自分だけが世界から取り残されているかのような、そんな感覚に陥ってます。この「病み」「鬱」の感覚、今の荒木先生の本音でもあるのかな?歯車が噛み合わず、何もかも停滞した、暗闇のトンネルの中。「動かない」のではなく、「動けない」。創作を生業とする者だからこその苦悩なんでしょうね。でも、その苦悩によってこの作品が描かれたのだとしたら、それは荒木先生の創作者としての強さ・逞しさそのものです。


「薮箱法師」について。いつの間にかやって来ていた近所の六壁神社。そこの神木よりも樹齢が古いイチイの木。その木のそばにある、地形に対して不自然な位置の石垣。その石垣の奥には空洞があり、が祀られていた。些細な違和感を敏感にキャッチして、好奇心を刺激する「奇妙」に辿り着けるのがさすがです。土地や地形にこだわる荒木先生らしさが詰まった描写で好き。
……で、この鏡に映った者の姿が影分身として抜け出た存在、それが「薮箱法師」。姿形もDNAも本人とまったく同じ、その者の心の「暗黒面」らしい。言ってしまえばドッペルゲンガーに似た存在なんでしょうけど、個人的に面白かったポイントが、最後まで両者が出会う事なく終わったところ。こういう話って大体、もう1人の自分と出くわしてしまうものなのに。ありきたりな展開にはしないためにか、そもそもルール的に出会う事は不可能になってます。鏡に映った時点で心が魅入られ、一瞬のうちに3ヶ月後になる。その空白の3ヶ月間は、「薮箱法師」が本人の代わりに生活している。だから結局、両者は入れ替わりになるだけ。つまり、もう1人の自分の生活や行動の痕跡だけが残り、それによって自分が脅かされるワケですね。確かに、直接会うよりも不気味で怖いかも。時間の経過を感じさせる描写の数々が、自然なのに不自然で、不自然なのに自然で、なんかゾッとする。
おにぎりみたいな宮司親子の言葉から察するに、元々「薮箱法師」はイチイの木の中に住む精霊妖怪っぽい。人々にトラブルを招いてばかりだったから、おにぎり宮司のご先祖様が鏡に封印し、さらに石蓋で木の空洞を塞いだ……と。そんな感じだろうと思います。鏡は「薮箱法師」がやらかした結果を正すための救済措置としても作られたんでしょうね。


●この「ホットサマー・マーサ」で特筆すべきは、イブちゃんという19歳の少女。この子がまたいいキャラで、たぶん性格的・属性的には京香ちゃんの真逆なんだろうな。あっけらかんと露伴の家の敷地に勝手に入り込む、ストーカーじみた熱狂的ファンです。ウマ娘よろしく頭にウマ耳みたいなものを着けて、ペットのワニのムッちゃんを持ち運んでるヤベー女。
しかし、露伴が3ヶ月飛び超えてしまった10月7日(木)、彼女は露伴のベッドに裸で寝そべり、その首には首輪が、足首には手錠が付けられていました。なんと「薮箱法師」は彼女を家に招き入れ、あまつさえエッチな事まで致しちゃった模様。さぞやハードロックなプレイを行ったに違いない。そして、さらに3ヶ月飛んだ2022年1月7日(金)には、彼女のお腹がけっこう膨らんでいる始末!なんとなんと、「薮箱法師」とは言え、まぎれもない露伴の子を妊娠していたのです。とんでもないスキャンダル。露伴ってば、日頃の鬱憤が溜まっているだけに、その欲望を解放した暗黒面である「薮箱法師」がいろんな事やらかしてくれちゃってますわ。
それだけに留まらず、イブちゃんは露伴宅を訪れた京香ちゃんを恋のライバルと勘違いしたらしく、薬物を注射して殺そうとしていたのでした。浮気した罰を与えるかのように、露伴にまで注射を打って弱らせる。京香ちゃんが死ねば邪魔者は消えるし、2人は同じ秘密を共有できるって寸法ですよ。露伴の能力に鋭く勘付いていながら、本心が知りたくってつい近付いてしまうあたりも、愛情に飢えてる寂しい心が表れているようで深みがある。由花子さんや大弥ちゃんともまた異なる、ヤンデレ界の期待のニュー・ホープです。エロ可愛くって、危うくって、大変好みのキャラでございます。健全が過ぎる元気な京香ちゃんも可愛いけど、病んでイカれたイブちゃんも現代的で捨て難いヒロイン!


●そんなイブちゃんを『ヘブンズ・ドアー』で操って実行した、「薮箱法師」の封印方法。鏡を「左回り」でクルッと一回転させるだけ。ただし、決して鏡に姿を映してはいけない。たとえスタンドであろうと、その姿を鏡の前に晒してしまえば、「薮箱法師」に見付かってしまう。そうなれば、また時間が3ヶ月飛んで、その間に「薮箱法師」が悪さをしでかしてしまう。
至極単純でありつつも、非常に厄介で困難な方法です。でも、他人に代わりにやらせれば解決!イブちゃんが鏡を回した事で、イブちゃんの「薮箱法師」が現れましたが、同時に露伴の「薮箱法師」のやらかした結果は全て消え去る形となりました。時間が戻るワケではないけれど、歴史・運命は正しい流れに修正されるって事ですね。これでイブちゃんとの肉体関係も無かった事になり、京香ちゃんも何事もない姿に戻りました。また、恐らく露伴の「薮箱法師」が鎖で殴ったりして、狂暴に(ワニのムッちゃんを食い殺すほど凶悪に)躾けたのであろうバキンちゃんも、本来の愛らしい犬に戻りました。
もっとも、イブちゃんの「薮箱法師」はこれから3ヶ月間、本人の代わりに生活するので、どんな悪さをしでかすのかは未知数。結局のところ、それこそババ抜きのように、誰かが「薮箱法師」の悪影響を被る以外に無いのかもしれません。あのイチイの木と鏡が在る限り。


●露伴と京香ちゃんの関係性について少々。「富豪村」では、京香ちゃんを「君」としか呼んでいなかった露伴ですが、今回は「泉クン」とか「京香くん」と呼んでましたね。あと、京香ちゃんが合鍵を持ってて自由に上がって来れる関係になってるのも、露伴のイスに勝手に座ったりしてるのも、ドラマ版からの影響なのかも。やはりドラマのおかげで京香ちゃんの知名度も人気も高まり、荒木先生的にも色々と感じ入る事があったんだろうと推測します。
ただ、ドラマ版に比べると、原作の京香ちゃんはまだおとなしめというか、社会人としての経験と知性が滲み出てる気がしますね。言葉遣いやセリフ1つ取っても、編集者としての礼儀としたたかさがあるもんね。露伴も彼女にそれなりに気を許してはいるものの、ドラマ版のようなバディ感は特にありません。ちゃんとお互い、適度な距離をうまく保ってる。なんだかんだで仲良しコンビのドラマ版も大好きですが、割とドライでそっけない原作も心地良かったりします。
仮にキッカケはドラマ版の影響だったとしても、単なるファンサービスに終わらず、ちゃんと京香ちゃんでなければならないエピソードに仕立て上げているのがお見事。イブちゃんを暴走させるためには、露伴の身近にいて関係を疑われるくらいの女性の存在が、このエピソードには不可欠ですもんね。


●ちょっとした小ネタもあります。
扉を開けたら京香ちゃんが倒れているページと、ウトウトしてた京香ちゃんが帰って行くページ。棚の中をよく見ると、「ジョジョ」のスタンドのフィギュアが並んでいますよ。確認できるのは、『スタープラチナ』、『クレイジー・D』、『D4C』、『ソフト&ウェット』。まぁ、露伴と荒木先生は対談したり、一緒に表紙(のオビ)を飾ったりしてる仲ですから(笑)。



―― 久しぶりに「荒木作品を読んだなぁ~ッ」って気分に浸れました。コレですよコレ。荒木作品でしか味わえない味が、摂取できない栄養素が、体感できない感覚が、確かにあるんです。荒木先生らしさ全開で面白かったです!
その上、コロナ禍で情緒不安定気味な露伴の姿には、誰もが親近感を覚えたんじゃないでしょうか。露伴だって自分達と同じように苦しみ悩んでいるんだ、と。「日常」はすっかり変わり果ててしまい、失った「時間」は二度と取り戻せない。けれど、そんな中にも、今まで気付かずにいた「楽しい事」「面白い事」はあちこちに眠っているのかもしれません。それを自ら探して、見付け出せれば、きっと今までの苦しかった日々に新しい意味を付与する事が出来るはず。新しい色で塗り直す事が出来るはず。良いも悪いも自分の気持ち次第なのだから!そんな、荒木先生から我々への「一緒に頑張ろうや」という応援のメッセージと、私は勝手に受け取りました。まっ、私は荒木作品さえありゃあ、荒木先生が元気でいてくれりゃあ、大概ハッピーでいられますよ!

そしてなんとッ!岸辺露伴は止まらない!「ウルジャン」4月号(2022年)によると、5月号に「岸辺露伴は動かない」新作が掲載されるとの事ッ!「エピソード#11 ドリッピング画法 前編」です。……え、なんですって!「前編」…!?即ち、必然「後編」だってあるワケで。うおお、こりゃあスゲェよ!一気に動き出したな~!
にしたって、「ドリッピング画法」でそこまで話を膨らませられるものなのか?……と、普通なら思うところでしょうが、もはや荒木先生にそんな疑問など無粋というもの。我々の「日常」と「時間」を美しく彩ってくれる極上のエピソードを用意してくださっているに違いない。ただただ、楽しみに待ちます!「ホットサマー・マーサ」と「ドリッピング画法」でコミックス第3巻も発売できるはずだし、お楽しみはまだまだ続きそう!




(2022年3月19日)




TOP  戻る

inserted by FC2 system