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岸辺露伴は動かない
エピソード#11 ドリッピング画法





(前編)

2022年4月19日発売の「ウルトラジャンプ」5月号(2022年)に掲載された、「岸辺露伴は動かない」シリーズ第10弾!実はウルジャンで「動かない」シリーズが読めるのは初だったりします。そんな新天地への上陸を祝すかの如く、これまた初めての前後編での2号連続掲載です。「JOJO magazine」の「ホットサマー・マーサ」も含めたら、なんと3ヶ月連続で「動かない」を堪能できちゃうという贅沢さ! 自分の生命が喜びに踊っているのを感じる。私にとって、荒木先生の漫画が読める事とは「幸せ」と同義なのです。
まずは、ウルジャンの表紙を飾ったイラストから見ていきましょう。オープンカーの後部座席と思わしきシートに、悠然と腰掛ける露伴。ちょっぴり下げたグラサンから覗く瞳が超セクシーです。このクールさ、ふてぶてしさ、最高にイカしてる。なんか洋楽のPVとかに出て来そう。表紙に印刷された文字にも下線が引かれ、効果線の役目を果たし、あたかも車が走っているかのよう。紫メインのカラーリングも相まって、パーリーピーポーの夜のドライブって感じ。文句無しのカッコ良さに、完璧に打ちのめされました。この絵、メチャクチャ好きだよ。やっぱ新しい荒木先生の絵を目にした瞬間の心の高鳴りは、他では決して味わえないぜ。



ではでは、本編「ドリッピング画法」(前編)の感想を書いていきましょうか!


トビラ絵は、ソファに座る露伴。……あれ?表紙イラストももしかしてソファ?……とも一瞬思いましたけど、やっぱ車ですよねェ。
今回のエピソードにちなんでなのか、服も靴もソファも「ペン先」をやたらと強調しています。手にもしっかりペンを持ってますし。ただ、とりあえず前編だけ読んだ限りでは、このエピソードが「ドリッピング画法」とどう繋がっていくのか、まったく分かりません。


●このエピソードは現在の露伴によって語られる形式。ここで言う「現在」とは、「ホットサマー・マーサ」の後の時期です。大きいバキンがいますからね。
バキンのみならず、担当編集の泉京香ちゃんも登場!ドラマのおかげで、漫画の方でも彼女がメイン・キャラに昇格してくれたようで嬉しいです。今後のエピソードでも、さも当然のように出て来てほしい。短い登場ながら、マイペースで明るく茶目っ気もあって、それでいて優しさも感じられる人物として、可愛く魅力的に描かれていました。 ドラマうんぬんを置いといても、京香ちゃんは大好きなキャラです。


●「ホットサマー・マーサ」に続いて、今回も露伴の涙が見られました。涙と言えば、個人的にはジョニィと定助を連想させられます。6部を経て「ジョジョ」が新しい世界に突入した事が契機だったのか、連載の場を月刊の青年誌に移したからか、荒木先生ご自身が年齢を重ねてきたためか……、「SBR」以降の荒木作品にはしっとりとした情感が込められ、人間の孤独や弱さにスポットが当てられるようになっていますよね。だから、この露伴の涙も自然と受け入れられますが……、近年の荒木先生ゆえの描写でもあるので、その辺を踏まえていないとビックリしちゃいそう。
とは言え、この涙の理由は、前編では不明のままです。でも露伴曰く……、このエピソードは前向きな所が無く、絶望的に厭な話で、ひたすら暗闇へと落ちて行くのだそう。そのあまりに悲惨な結末を想って泣いていたのでしょうか?詳細は後編を読まないとなんとも言えませんけど、これはたぶん、荒木先生にとっても挑戦だったんだろうなと思いました。著書「荒木飛呂彦の漫画術」の中でも語っていた通り、先生は「常にプラス」を心掛けて漫画を描かれています。しかし、そんな王道をあえて外し、どこまでも下がっていく「マイナス」に挑戦する事も素晴らしい、とも語っています。きっと先生は、今回のエピソードでついにそこに踏み込んだんでしょう。先生の新境地、とくと拝見ッ!


●このエピソード「ドリッピング画法」、前編は「村瀬 美月 (むらせ みつき)」という37歳の女性に訪れた危機的状況をひたすら描き続けていました。
彼女は子持ちの人妻であるにも関わらず、密かに不倫を重ねています。「ホットサマー・マーサ」でイブちゃんが露伴の子を妊娠していたシーンもそうでしたが、そのものズバリのワードは使わずして読者に分からせてしまうあたり、荒木先生の巧みな描写力が冴え渡ってますね。……で、遠くの隣町のホテルで不倫を満喫してたら、娘の恵茉(エマ)ちゃんを幼稚園に迎えに行く時間が過ぎちゃってたもんで、さぁ大変。大慌てで車に飛び乗り走る彼女のもとに、様々な災難が次々と降り掛かってくるってワケです。
まぁ、不条理ではあるものの、ぶっちゃけ彼女の自業自得ですからね。「かわいそう」みたいな気持ちも特に無く、純粋に彼女の危機をドキドキハラハラ楽しめます(笑)。自分を疑う夫から電話は来るわ、後ろからめちゃめちゃアオッてくる車が現れるわ、しまいには消火器で粉ブッかけられるわ……、もうとんでもない事態に。映画の「激突!」や「アオラレ」を彷彿とさせる展開です。前編でこれなら、後編は一体どこまで落ちてしまうのか。なんか、電話しながら運転してたせいで、恵茉ちゃんをうっかり自分で轢き殺してしまったりとかありそうで怖いな。


●美月が轢いたと思った謎の黒い影。やけにトゲトゲしてるけど、あれは何なんでしょうかね?
思えば、こいつを轢いた途端、あの不条理なアオラレが始まったんですよねぇ。例えば、疫病神みたいな存在なのかもしれません。あるいは、人の悪意やストレスがドロドロに凝り固まった「呪い」そのもののような存在だったりするのかも。そういうアンタッチャブルなものであるなら、「常にマイナス」な絶望エピソードになるのも納得いきますし。もし、露伴がこの話を聞いた人物が美月本人だったとすると、地球環境温暖化やCO2などの話題から入っていった事になるので……、人間に穢された地球それ自体の怒りやストレスが形となって現れた存在、という線も考えられそうです。
京香ちゃんも言うように、本来「ドリッピング画法」というのは即興や偶然ゆえに生まれる形を描き出すもの。美月もたまたま偶然、あの黒い影に出逢い、悪意や不幸を引き寄せてしまっただけなのでしょう。そして、それを「意図して」「狙って」「選んで」やってしまえる露伴という存在が、このエピソードを聞けたのは、決して偶然ではなかったのでしょう。……知らんけど(笑)。


●荒木先生の描く、細やかな描写が好きです。美月が深呼吸して、外していた結婚指輪を付けて、バックミラーでマツゲを整え、ノドを潤し、シートベルトを締める。別に無ければ無いで、ストーリー自体に影響は無いような描写なんですが、非常にリアルで人間臭さを漂わせるんですよ。不倫した後にうまくごまかして取り繕おうとしてる、ちょっと淫靡な雰囲気も出てますしね。執拗にアオられる一連のシーンも、「ジョジョ」3部の『ホウィール・オブ・フォーチュン』戦とはまた似て非なる、身近な日常に潜んでいるであろう不気味さ・恐ろしさが感じられて良いです。
不満点があるとすると……、夫からの着信があった際、スマホを震わせるなり光らせるなりした方が分かりやすかったんじゃないかと。あの描写じゃあ、着信に気付けないと思うんですけどね。コミックス化の時にでも修正してくれたらいいな。


●今回は30ページ!正直、想像していたより少なかった。そうなると、「ホットサマー・マーサ」と「ドリッピング画法」だけだとコミックスの分量には足りないか~。ひょっとすると、「ジョジョ」9部スタートの前にもう1作、どこかで読めたりするんじゃないかと期待しちゃいます。
作者コメントは「2年間待ってた〔ジョジョ展 金沢〕が4月30日~開催です。ありがとうございます。」との事。荒木先生、おめでとうございます。無論、私も行って来ますよ!2年前にも言いましたが、ここで再び言います。みなさん、金沢の空の下で逢いましょうッ!!




(2022年4月19日)





(後編)

後編は2022年5月19日発売の「ウルトラジャンプ」6月号(2022年)に掲載されました。以下、感想です。


トビラ絵はカラー!ソファに座る露伴。……あれ?これって、前編のトビラと同じ?……とも一瞬思いましたけど、違いました。細部が微妙に異なる連作です。
カラーリング的には、先月号の表紙イラストと同様の紫メイン。背景のカラフルなドリッピングがとりわけ目を引きます。荒木先生、新しい手法をまだまだ貪欲に取り込んでますね。先月号の表紙にもあったのに、露伴のカッコ良さばかりに視線を奪われ、そこまであんまり意識してなかったな。スゴく美しいのに、血しぶきのスプラッターのようにも思え、どこか不穏さが漂ってくる。これらの原画も、いつか生で観てみたいです。


●いやはや……、まさかこんな展開になろうとは。美月は無関係のモブで、アオリ犯の正体は露伴!そして、謎の黒い影は、地球環境保護の思想が行き過ぎたテロリストの男でした。人間だったのかよ!しかも、特別な能力も何もない普通の人間。この驚きは、前後編に分かれて1ヶ月じらされたからこそ、より強く感じられた気がします。コミックス化の際はシームレスに繋げて、1本の作品として掲載されそうですけど。前後編でまるで違う作品になってて面白かった。
テロリストは若い頃、環境保護団体に所属し、CO2削減の活動に身を捧げたらしい。しかし、団体のリーダーは熱帯雨林伐採に投資する企業からワイロを貰っていて、どれだけ社会のために努力しても世界は何も変わらない。治安当局に逮捕されるわ、殺し屋から命を狙われるわ、職を失うわ、家族とも別れるわ……、散々な人生を歩んできたようです。それは、自分の全てが侮辱され否定されたってなっちゃうよなぁ……。疲れ果てた彼は、露伴を呼んだのです。爆弾を全身に纏って発電所もろとも自爆するというテロ行為を見届けてもらい、感じた事を漫画に描いて遺してもらうために。
地球や人を想って行動するほど、自分自身が追い詰められるなんて。そして、自分自身の生きた証を遺すために、人を傷付け殺し、環境をも破壊するなんて。とんでもなく皮肉なジレンマじゃないですか。でも、悲しいほどに真剣で切実。なんか、このテロリストの姿は、小説「黄金のメロディ」の伊坂恭明に重なるものがありました。


●テロリストの男と露伴は対談し、彼の危険性を察知した露伴は警察を呼ぶ。テロリストは自分の最期を見届けさせるため、露伴に自分を追わせる。その途中、無関係の美月の車と遭遇。轢かれたかのように思わせ、美月が車を降りて確認している隙に車内に潜り込む。それに気付いた露伴が、美月の車を追って、強引に停車させようとする。 ―― 事の真相としては、ざっくりこういう流れだったと思われます。
よくよく読み返せば、前編でのパトカーの描写も布石だったっぽい。多分、露伴の通報を受け、テロリストの行方を追跡していたんでしょうね。あっさりと殺されちゃった美月が哀れですが、不倫なんかしなければ、せめて約束通りの時間に出ていれば、殺されずに済んだだろうに。不運にも、偶然にも、運命の落とし穴にハマッてしまった。


●テロリストの自爆テロを止める方法が、実にトリッキー。「動かない」シリーズにおいて『ヘブンズ・ドアー』は、植物にさえ命令可能です。雑草オナモミを「本」にして、「ひっつき虫」とも呼ばれる実の空洞に、美月の乗っていたガソリン車から出る排気ガス中の一酸化炭素を吸い込ませていました。それはテロリストの衣服に無数に付着し、溜め込んでいた一酸化炭素を放出。テロリストは何も出来ぬまま、一酸化炭素中毒で死んでしまいました。(ある意味、露伴の殺人行為?)
テロリスト本人を「本」にする方が手っ取り早そうだけど、そんな隙を見せてくれなかったのかな?なにせ殺し屋から狙われてるくらいですから、常に周囲への警戒は怠らないはずだし、他人との間合いなんかにもメッチャ注意してそうだし。美月の車にもかなり無茶な乗車キメてたから、身体も相当鍛えていたんじゃないかと思います。直接「本」にするのは難しい、手強い相手だったのでしょう。
それにしても……、無関係の美月を殺したりしなければ、露伴にすら止める方法は無かったのかもしれません。環境を汚染する排気ガスに止められてしまう環境保護テロリスト、というのもまた皮肉です。何重にも皮肉が効いてて、巡り巡る人間の業のようなものを感じちゃうなぁ。


●この「ドリッピング画法」は、非常にメッセージ性の強いエピソードでしたね。コロナ禍を扱った「ホットサマー・マーサ」に続き、地球温暖化を取り扱った作品になっていました。もっと言えば、情報化社会の歪み、メディアへの不信なんかも含まれているように感じます。荒木先生が今という時代の社会・世界に抱く、憂い嘆き心の迷いが込められているんでしょうか?祈りや願いが届かなかったら、どうすればいいのでしょうか?人間讃歌を描き続けてきた先生だからこそ、救いのない絶望の暗闇を描く事に重みがある。
しかしながら、露伴自身は暗闇と述べてはいるものの、京香ちゃんはハッピーエンドと明確に言ってるんですよね。露伴がどんな作品としてこの事件を描いたのかは分かりませんが、見方次第で対極の評価になっているのも事実。テロリストのあまりに報われない人生や、ますます悪化するこの星の未来に目を向ければ、そりゃあ圧倒的に絶望です。ただ、恐ろしいテロを食い止めたという、未来を否定し人間を諦めた者を倒したという結果だけを見れば、一転ハッピーエンドにもなります。京香ちゃんの存在が露伴の落ち込んだ心を立ち直らせたように……、彼女の言動にこそハッピーへのヒントが隠されている気がします。
原稿の上に広がる真っ黒いインクの飛沫。そこに明るいオレンジ色のトマトソースの雫を飛ばせるのは、即興や偶然なんかじゃなく、人の確かな意志具体的な行動のみ。誰かを想って、狙って、動いて、信じる。絶望の暗闇の中にかすかな希望の光を見い出すには、それしかないのかもしれない。テロリストも露伴も、心が弱って「信じる」事が出来なくなってしまったんだろうな。


●裏表なくエゴ剥き出しで故郷の土地を想うくだりは、やはり「SBR」や「ジョジョリオン」っぽさを感じずにはいられません。そして、ジレンマの向こうに在る「不屈の魂」。これらのテーマは「JOJOLANDS (仮)」にも引き継がれ、さらに深化していくんじゃないかと予感させられました。人の心の根底の部分にあるものだから、理屈じゃなく、純粋で強いですよ。
天災、疫病、戦争、犯罪、政治不信……、心が疲弊して荒んでいく出来事ばかりが連鎖するこの世界。何もかも手遅れ・手詰まりで、もはや未来に希望なんて無いんじゃないかと思ってしまいそうなこの時代。それでも人には、明日を今日より良い日にしたいと願う気持ちがあります。故郷や過去の想い出を愛し、守ろうとする心があります。ブラックまみれの紙にオレンジ色を飛ばす力があります。自分の人生をハッピーエンドにして、この世界を次なる世代に託していけるよう、我々1人1人がしっかりと真っ当に生きなきゃね!
現在開催中の「ジョジョ展」に行って来て感じるのは、「ジョジョ」という漫画は、荒木先生の描く絵は、世界中の人々の心も体も突き動かしてしまうという事。楽しくて幸せな時間をくれるという事。それは取りも直さず、「フィクション」が持つリアルな力です。あのテロリストの男が露伴に依頼した気持ち、分かる気がしますよ。彼にとっては、自分の思想や真実を単なる「情報」として扱われたくはなかったんでしょう。「情報」は時に埋もれ、時に流され、時には恣意的に歪められてしまうから。でも、露伴なら「情報」や「事実」から受け取った一番大事なものを掬い上げて、作品の中に閉じ込めてくれる。露伴は読者に読んでもらうために、自分の想いを伝えるために、利害得失を超えたところで漫画を描いているのだから。そして、それはきっと、どこかの誰かに深く刻まれ、語り継がれるもののはず。テロリストはそんな「フィクション」の誠実さを期待してたんだろう、と思えます。でもそれって、人間をやっぱり信じたい、明るい未来に変えたいって気持ちそのものだよね?悲しい男だ。


●今回は36ページ!前編が30ページだから、合計66ページか。やっぱりコミックスにするにはもう1本分は足りませんね。贅沢な事を言うなら、近いうちに新作がまた読みたいです。今作は相対する存在が普通の人間という事もあり、地球上に生きる全ての人間に直接関係するヘビーでしんどい話だったけど……、不安だらけの中で京香ちゃんがホント救いになってくれたなぁ。編集としても女性としても最高すぎるので、ぜひ次のエピソードでも彼女を登場させてほしいです。
作者コメントは「動画配信。ひたすら誰かが転んでるだけのヤツを好んで観てる。もっとないのかと思う。」との事。そんな動画があるのか(笑)。何がそこまでツボなのか謎ですが、私も探して見てみよっと!




(2022年5月19日)




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