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岸辺露伴は倒れない 短編小説集





2018年に刊行された「岸辺露伴は叫ばない 短編小説集」「岸辺露伴は戯れない 短編小説集」。どれもが珠玉のエピソードでしたが、2022年12月、待望の第3巻となる「岸辺露伴は倒れない 短編小説集」が発売ッ!月刊「ウルトラジャンプ」付録の小冊子で2021年に発表された2篇に加え、新たな書き下ろし1篇が収録されています。
今巻ももちろん、表紙イラストは荒木先生描き下ろしッ!またまた露伴のラフ画です。カラーはグリーンで、これまでのブルーやピンクともまた違った色合いが映える。

さて、収録された物語は全3篇。作者はすべて北國ばらっど氏で、タイトルは「黄金のメロディ」「原作者 岸辺露伴」、そして書き下ろしの新作「5LDK〇〇つき」
新作以外の物語については、すでにあらすじと感想を書いていますので、こちら ↓ をご覧ください。



「黄金のメロディ」 「原作者 岸辺露伴」岸辺露伴は動かない 短編小説集(4)



……というワケで、以下、「5LDK〇〇つき」の方もあらすじと感想を書いていきたいと思います。では、どうぞ。








5LDK〇〇つき



(あらすじ)
露伴の知り合いの高島 麗水 (たかしま れいすい)が、S市にある「奇妙な家」を借りた。彼は建築写真家で、人々の想いや暮らしが染み込んだ家の生々しい写真を好んで撮る。とりわけ欠陥住宅や事故物件には目がないという、特殊な性癖を持った男である。そんな男が、「奇妙な家」の取材に露伴を誘ったのだった。
この家は地下鉄駅から15分、四十坪、二階建て、5LDKの好物件。にも関わらず、月の家賃はたった8,000円だと言う。何か裏があるに違いない。だが、不動産屋に権利が渡される以前の記録が無く、「いわく」の分からないいわくつき物件だった。確かな事は、この家を借りた人間はみな、6月の大雨の翌日に行方不明になっているという奇妙な事実だけ。すでに4人が蒸発し、そのうちの1人の女性が残していた遺書には、こう書かれていたらしい。「私は<天国への扉>を見つけた」、と……。そして、今は6月。昨日は大雨。麗水が「5人目」となって蒸発するなら、今日なのだ。「5LDK天国つき」、露伴の好奇心が刺激されないはずがなかった。

露伴は麗水の案内で、家の中を実際に見て回った。この家は、各部屋を仕切る襖を開ければ廊下に出なくても部屋を行き来できる、昭和の日本家屋といった間取りである。しかし一方で、壁紙とかは張り替えているし、電話回線も光ファイバー、インターホンも新型。古い骨組みに新しいガワをつけたような建物だった。他には、キッチン横の「勝手口」がはめ殺しになっている点、「鏡」があちこちの壁に備え付けられている点、そして全てのサッシが「栗の木」製という点……、いくつか変わった点は見受けられたものの、肝心の「天国への扉」とやらは発見できなかった。
その代わりに、『ヘブンズ・ドアー』を使って、麗水が隠していたアルバムを見付け出した露伴。麗水はかつて、警察に発見される前の事故物件に出くわし、まだぶら下がる首吊り死体も含めての「家」の写真を収めていた。「死」を忌むべきものとして蓋をせず、その家に刻まれたその人の「生きた証」を、自分の写真の中でだけは「美」として認めてやりたい。そんな、狂気的だが真摯な想いがあったのである。その告白を聞いた露伴は、遺書を残して消えた女性が麗水の知人なのではと気付く。赤の他人が遺書の内容まで知れるはずがない。その遺書は麗水に宛てたものだったのだ。彼女はこの世に絶望していた。もし彼女が自宅で死を選ぶのなら、その最期は自分が写真に収めたい。だが、彼女は消えてしまった。この終わり方が本当に彼女が選んだものだったのか?理由を知って、納得したい。麗水は、そのために露伴を呼んだのだった。
露伴は警察でもなく、探偵でもなく、ましてや妖怪ハンターでもない。漫画家だ。麗水を裁こうとは思わない。この家の秘密が取材できればそれで良かった。

夜になった。麗水から振る舞われた夕食を終えると、露伴はくつろぎながらも思考を重ねる。栗の木の建具はどれも新しかった。しかし、勝手口は封じられていただけで、栗の木に取り換えられていなかった。それは何故?……悪い予感がした。リビングの窓を開けようとする!だが開かない!栗の木が大雨で濡れ、水分を吸い、少しずつ膨張。その結果、露伴たちはこの家に閉じ込められてしまっていたのだ。この家は、梅雨の時期、大雨の翌日だけ、住人を閉じ込めるように計算され設計されていたのだ!
キッチンで洗い物をしている麗水を呼ぶ。ところが、返事はない。戸の陰から慎重にキッチンを覗き込むと……、そこに、居た。まるで吸虫かナメクジのような、ぐねぐねと蠢く大きな蛇腹状のもの。その体は透き通り、体内で光を反射して虹色にも見える。そんな何者かが、いつの間にかどこからか侵入し、麗水の頭にかぶりついていた。その「侵入者」をすかさず『ヘブンズ・ドアー』で「本」にし、麗水を助け出す。そして、「本」のページをめくると、そこにはたった一言『覗いたな』……。そう書かれていた。動けないはずのそいつは、なんと俊敏に攻撃を仕掛けて来た。反撃しようにも、何故か手応えはない。能力を解除すると攻撃は緩み、とっさに「侵入者」から逃れる事が出来た。「侵入者」はテレビに絡み付いている。どうやら複数の対象を同時に攻撃は出来ないらしい。
突然の混乱の中でも、露伴は冷静に「侵入者」を観察する。分かったのは、開かない勝手口から侵入してきた事 窓越し・隙間越し・鏡越しなど、何か越しに「覗く」と反射的に襲って来る事 「光」の性質を持つ化け物である事 ……であった。うっかり「侵入者」の姿を覗いてしまわぬよう、明かりはつけずに真っ暗闇の家の中を逃げる。「覗かれ」ない限り、「侵入者」の動きはノロいようだ。窓枠は硬く封じられ、窓ガラスもコーティングされたアクリル、破壊は不可能。ならばと、加湿器で窓枠を乾燥させる。ところが、窓枠が緩むのを待つ間に、麗水が音もなく忍び寄っていた「侵入者」に再び襲われてしまった。「侵入者」の狙いは、始めから麗水だけだったのだ。引きずられて闇に消えていく麗水だが、彼はむしろ幸福だった。彼には、幼い頃に自殺した母親の姿が見えていたのだ。理性では偽物と分かっていても、心の奥底では決して抗えない暖かさ。
自分が襲われていながら、麗水は客である露伴だけは生きて帰そうとしていた。除湿器のおかげで、窓も少し開くようになっている。この家から逃げられる!だが、露伴は気に食わなかった。家主や客がどうして脱出なんて考えなきゃいけない?出て行くべきは、土足で踏み込んできた「侵入者」の方だ。こうして、反撃が始まった。

「侵入者」に敵意はなく、「天国」を見せて救いを与えるという崇高な使命だけがあった。網膜にほんの少し強い点滅光を送り続ければ、動物は眠りに落ちる。そこから脳の奥に「啓示」を刷り込めば、それに従って、一人ひっそりとした場所に向かい、幸せな夢を見ながら終焉を迎える事となる。麗水もそうやって「救われる」事となるのだ。
そこに露伴が現れた。こちらを覗き込む露伴を襲う。しかし、幾度襲おうが、彼の体はペラペラと宙を舞うだけで手応えがない。それは「写真」だった。ポラロイドカメラで撮った写真の露伴だった。「侵入者」は虚像の生命体。そこにいるのに、体はあくまで映像。人の心にある「像」を読み取って、相手の見たい「虚像」に変化する生きた光。脳への刺激であるがゆえに、音や声を聞かせる事も体の運動を支配する事も出来る。だが所詮、取り憑いて幻を見せるだけの「妖怪」に過ぎない。自分自身が「像」であるためか、古い時代の存在であるためか……、「実像」も、「映像」や「画像」も、まるで区別が付いていないのである。だからテレビの映像を襲っていたのだ。そして露伴は、写真で「侵入者」をFAX複合機へと誘い込み、閉じ込めていた。FAXのCCDセンサーは、光のエネルギーを電気信号に変換する。露伴はFAXのパネルを操作し、自分のメールアドレスに送信。「光回線での、快適な旅を楽しむといい」。バラバラにほどかれ、画像データと化した「侵入者」は、光の速さで家から追い出されていった。


―― 2ヶ月後。8月の満月の夜。露伴は麗水と電話していた。あの夜の出来事、「侵入者」の正体について、自分の推理を語る。
「蜃 (シン)」という妖怪がいる。蜃気楼の語源にもなっている妖怪。ミズチとかオオハマグリとも呼ばれるが、その名の通り、龍(辰)か貝(虫)かも曖昧な、人に幻を見せる妖怪。そういう類の存在だったのかもしれない。そしてヤツは、勝手口からも見える古い神社のご神体だったのだろう。その社の鳥居は割れていたが、実は二つ並んだ十字架だったのだ。昔、S市にも隠れキリシタンが存在し、幕府の棄教令で迫害され、信じる神すら取り上げられた。そんな時、望んだ虚像・偶像を見せてくれる妖怪に出逢ったとしたら、それを奇跡のように神聖視したとしても無理はない。キリスト教では、イースターの50日後、6月の初めに「ペンテコステ」という祝祭がやってくる。日本ではちょうど梅雨入りの時期に重なり、夏至付近の祭りは大抵「火祭り」だ。麗水はあの日、コンロの炎を使って調理していたが、勝手口から覗く社からは、彼がその祝祭に参拝したように見えたのかもしれない。だから「侵入者」は、参拝した信者に救いを与えようと訪れたのだ。……とは言え、それはあくまで露伴の想像。結局、ヤツは伝統の消失が産んだ「虚像」なのだから。
ただし、確かに言える事もある。あの家の管理会社に「取材」したところ、彼らは「侵入者」の正体も詳細も知らなかった。だが、「侵入者」が入って来る事は知っていた。だから万が一にも、その被害が自分達に及ばぬよう、被害者を固定するために家を改築し、閉じ込めていたのだった。あの家は「生贄の家」。当日に家に居させるよう、わざわざ「空き巣頻発注意」のチラシまで入れていた。人間の悪意に絶句する麗水。妖怪の「侵入者」と、人間の「管理者」、この2つが襲って来ていたのだ。
家とは、幸福に安らげる場所。安心して帰れる場所。それが叶わないあの場所は、もう「家」ではない。麗水はあの家を出て行く事を決めた。そして、遺書を残した彼女の親族に、あれこれと見付かってしまったらしく、彼はしばらく留置所に泊まる事になりそうだ。これからは後ろめたさが残らない、もっと別のやり方を探していくつもりらしい。
露伴は、間もなく待ち合わせの時間だからと電話を切る。そこはヒョウガラ列岩の近く。今から露伴はクロアワビの密漁をするのだ。より大切なもののためには、時に現代社会のルールや倫理を超えていく事も必要なのかもしれない。しかしそれは、果てしない冒険になる。そんな時、人は帰るべき「家」の像を、心に想い描くのだ。



(感想)
いやぁ~、さすがは北國氏。隙が無いなぁ~……。序盤から伏線を巧みに散りばめつつ、キャラの魅力を引き出し、シチュエーションの妙で引き込み、「怪異」の正体にも納得させ、ラストは情緒的に締める。つくづく、無駄の無い美しいエピソードを作る方ですよね。今回も期待に違わぬ面白さでした。
個人的にはまず、「家」をテーマにするあたりに、「ジョジョ」をしっかり読み込んでるぞという空気を感じました。皆が「帰る場所」を求めて旅をした「SBR」、記憶喪失の主人公が「家族」を得た「ジョジョリオン」。また、「ジョジョリオン」では、荒木先生のあこがれの家として豆銑礼さんの「リフトハウス」も描かれてましたしね。家という、最も安心できるはずの場所に、招かれざる客が訪れる。それは、人間の心の最も柔い部分を鷲掴みにされるような、根源的な恐怖なのかもしれません。「ビーティー」のそばかす少年にしろ、「ジョジョ」1部のディオにしろ、家をジワジワ乗っ取ろうとする系のエピソードって精神にキますもん。

このエピソードで私が一番気に入ったのは、高島麗水のキャラクターです。北國氏は、どこかイカレてるけど好感が持てるプロフェッショナルを描くのが得意ですよね。志士十五しかり、坂ノ上誠子しかり、白原端午しかり、この高島麗水しかり。特に麗水は、明るい性格でありながら……、「家」に対する変態的な性癖と、幼少期の暗い過去と、それらに起因する強いこだわりを併せ持った奥行きのある人物像が魅力。ゲストキャラに過ぎないにも関わらず、彼が無事に生き延びてくれた事が嬉しかった。そして、読んでいてついつい納得させられてしまう程の、「家」についてのかなり具体的な知識や信念は、むしろ作者である北國氏の調査・取材能力や発想力の高さに感嘆させられました。
妖怪の「侵入者」と、人間の「管理者」。このダブルのおぞましさもえげつなかったです。でも、こーゆーの大好き。土地の歴史や人々の意思、不可思議な存在……、そういった様々な存在が長い時間を経て複雑に絡み合ってしまった、一筋縄では解けないこぶ結びの如き「怪異」。よくある怪談や都市伝説みたいな導入から、徐々に違和感が膨らみ出し、やがて現実味を帯びた輪郭が描かれ、ついには思いも寄らぬ正体を見せる。そんなサスペンスの王道パターンが、読者のボルテージを否が応にも盛り上げてくれました。何度も言ってきてますが、「妖怪」「未知の生物」オチって、個人的に大好物なんで。しかも、それを他人に押し付ける人間の「悪意」が、輪をかけてゾッとします。シチュエーション的にも、「普通にガラス割って逃げりゃいいんじゃね?」なんていう安易な逃げ道はちゃんと塞いでくれましたし、実に手堅い。
ただ、「黄金のメロディ」の感想でも書きましたけど……、もうちょい含みを持たすっていうか、不吉さを残したままにしておいてほしいところはありますねぇ。あまりにも見事に、全てに説明が付きすぎ、解決しすぎちゃってるから。まぁ、「管理者」サイドはしっかりと「侵入者」の性質を理解した上で、あの家を造っているワケで。「侵入者」から生還しない限り分からそうな情報、どうやって知ったんでしょう?その辺は気になるので、「管理者」に関する不穏な余韻を漂わせてくれても良かったですね。もしかしたら、他にもあんな物件をどこかで管理しているヤツがいて、今もそこに誰かが住んでいるのかも……とか。あれから露伴のPCを何度もハッキングしようとしてくるヤツがいて、露伴宅に侵入しようとしていた何者かの痕跡もあって、まさか「侵入者」の画像データを回収しようとしているのか……とか。何かしら欲しかったところ。


エピローグはなんと、ちょうど露伴がトニオさんと密漁しに行く直前の時間でした(笑)。「法を犯した」という意味では、露伴も麗水も紛れもなく同類ですね。
しかし、今作での『ヘブンズ・ドアー』がある程度の知能を持った生物じゃないと「本」に出来ないという設定や、鈴美さんと吉良の事件のせいで暗闇に対するトラウマがあったっぽい描写もありました。北國氏の場合、毎回のようにそうなんだけど、原作のエピソードをかなり持ち込んでくるもんだから、もはや「動かない」時空なのか「ジョジョ」時空なのかも分からなくなってる。そこまで深く考える部分じゃないんでしょうけど、読んでて引っ掛かってしまう部分です。




―― 3つのエピソードのどれもが、人間の意志・行動・仕事・歴史・土地などへの「敬意」が重んじられている話でしたね。それ1つ取っても、「分かってるなぁ~」って感じです(笑)。相手が人間だろうと、妖怪だろうと、あるいは神だろうと、必ず従っている「ルール」があります。そのルールを見定め、ルールに沿って戦い、時にはルールを逆に利用して勝つ。「敬意」を払わなければ、その筋道は決して見えてこないのです。
北國氏はそういうロジックやセオリーを完全にモノにしているので、信頼と実績がスゴい。今後も定期的に新しいエピソードを発表してほしいですね。しかしながら、北國氏以外の方々の書かれる「怪異」「奇譚」ももっともっと読みたいんですよ。著者をあまり固定せずに、「岸辺露伴は○○ない」シリーズがますます広がっていってくれる事を祈っています!




(2023年1月8日)




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