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『誰もそれには気付いていない』……
『誰にも それはスタンドでも見えていない』


#100 終わりなき厄災 その⑥





●2011年5月に連載スタートした「ジョジョリオン」も、今回でついに100回到達ッ!そんな記念すべき今月号の表紙を飾っています。
杜王町マップを背景に、定助+『ソフト&ウェット』・康穂・礼さん、そして透龍くんの姿が丸コマで描かれていました。みんなイケてるけど、やはり主人公の定助はカッコイイぜ。左眼を「等価交換」で失ってからの定助は、覚悟キメキメでめっさ凛々しい。透龍くんはなんか切なげな表情を浮かべていますが、彼の本質が謎だから、その表情の裏に隠れた感情が読み取れない。不気味な男です。……てか、頭の2本のグルグル、繋がってたのかよ!
で、表紙のあちこちには「ジョジョリオン」にまつわる様々なものが配置されていて、まさに遊び心がいっぱいのポップで楽しいイラストでした。さあ、次に目指すは連載10周年ッ!


●今回のトビラ絵は、一面に広がる草原で、1本の枯れ木の上に佇む定助&礼さん。お互いに別の方向を見て、周囲を確認しているよう。
「木」と言うと、前回の話を読んだ後だと第46話冒頭の「進化の木」2011を思い出しちゃいます。結局、「岩人間」とは、「ヒト」と共通の祖先から分かれた別の枝ではなかったワケで。言ってしまえば、隣り合ったもう1本の木。もしかすると、定助か礼さんの視線の先には、そんな別種の木が見えているのかもしれませんね。


●父の仇であった院長に対し、復讐の炎をその瞳に滾らせる礼さん。……と思いきや、出て来たのは炎ではなく「石綿」!岩昆虫「ドゥードゥードゥー・デ・ダーダーダー」の毒を喰らい、目・鼻・口から「石綿」が吹き出ています。ちなみに、「ドゥードゥードゥー・デ・ダーダーダー」を今まで「D7」と勝手に略して呼んでいましたが、今回のアオリ文に倣って「ダーダーダー」と呼んでいこうと思います。
「しゃぼん玉」舞う室内を警戒し、未だ踏み込んで来ない院長。壁から上半身だけ出して、喋ってるだけのスタイルは崩さず。そんな院長の手足となって働く「ダーダーダー」、定助のいる机上へと接近!それを迎え撃たんとする定助は、体勢の変化で「石綿」に襲われるも、構わず『ソフト&ウェット』の拳を叩き込みます。さらに「しゃぼん爆弾」で爆発まで起こしますが、「ダーダーダー」はいつの間にか机の天板の裏側へと回避。その位置から定助を攻撃して来ました。さすがは山岳地帯のハンター、焦る事なく的確に執拗に攻撃を当て続け、定助の顔は「石綿」だらけに。
どうにか「ダーダーダー」のワイヤーを掴んで固定し、立ち上がる定助。すかさずオラオララッシュをかまし、今度は高速回転する「しゃぼん玉」を複数作り出します。机は回転によって削り取られ、大きく傾く。おおお、スゲー!これほどの威力とは。


●顔中の「石綿」をむしり取って、定助の様子を確認する礼さん。すると、今度は机から壁へと移動した「ダーダーダー」が見えました。定助の攻撃は命中せず、か。しぶといヤツ。その上、立ち上がって攻撃してしまったせいで、定助は顔どころか腕・指・脚の関節までもが「石綿」に覆われてしまいます。何も見えない、何も出来ない。「ダーダーダー」は天井にへばり付き、定助の真上へ。彼の頭部や首に纏わり、喉を狙う算段。「石綿」が気道内を塞いで窒息するって寸法です。
しかし、それをむざむざ見過ごす礼さんではありません。自らの肉体を帯状に解いて、「ダーダーダー」と同様に天井にへばり付いて移動。ようやく「ダーダーダー」の眼前にまで近付く事が出来たのです。それを見た院長の「蛇みたいな動き…」ってコメントがちょっと可愛い(笑)。院長はどこか飄々としてて、トボけた独特の面白さがあって好きだ。ともあれ、定助を襲う事に夢中の「ダーダーダー」は、礼さんの攻撃をマトモに喰らって死亡ッ!「ギニャアア」という断末魔がまた懐かしいな。やっとこさ「ダーダーダー」を撃破したワケですが、猫草やロッズみたいな解説図も見てみたかったですね。


●礼さんはそのまま院長にも近付いていきます。なんと、『ドギー・スタイル』で解いて伸ばした指先は、院長まであと2センチという距離にまで接近ッ!これからこのたった2センチを詰めるまでの間に、再び何らかの「厄災」が起き得るのか?「いいや、起こるはずがない」と言わんばかりに、礼さんはかなり強気。「厄災」のエネルギーなど、院長が我々にそう思い込ませようとしているだけの幻想なんじゃないか。そう語ります。
無論、定助にも何が起こるのかは分からない。ただ、確かな事は、院長の方から攻撃させなければならないという事。いつもは冷淡なほどにクールで合理的な礼さんなのに、今ばかりは定助の方が冷静です。やっぱ親父さんの仇討ちに心が燃え、本来の礼さんではなくなってしまっているのかも。なんか不安。
……ところで、定助の左眼、「LOCACACA 6251」で石化してしまったと思ってましたが、実はそうではないっぽい。眼球自体が石化しているのではなく、バオーやラング・ラングラーみたいに眼の上にアーチが架かっている状態っぽい。まぁ、左の視界が失われている事には変わりないけど。それに、荒木先生の事だから、その時の気分や都合で描写が変わってきそうな気もするけど(笑)。


●指先は、院長まであと1センチ。さらに距離を詰めた礼さん。院長も、ここまで近付けた者は未だかつていなかったらしく、初めての経験に驚いています。そして、院長自身にさえ、これから何が起こるのかは分からないとの事。彼が意識的・具体的に「厄災」を起こしているのではなく、あくまで「厄災」を引き起こす「流れ」を生み出している……という事なのでしょう。その「流れ」の中で、実際にどんな「厄災」が起こるのかは偶発的なものに過ぎず、誰にも予測する事は出来ないのです。
それでも、院長を攻撃できた者もまた、未だかつて誰一人としていない。……17年前、礼さんの父親は崖崩れで死んだ。そして母親も、借金まみれの梨園のために苦悩して病死した。それらも「厄災」の流れであり、礼さんもその「流れ」の中にドップリ浸かっていた。今も、たまたま生きてここにいるだけ。たとえ事実であろうと、礼さんへの挑発としては最高です。豆銑親子の果樹栽培師としての「誇り」を侮辱しているんですから。梨園の土地を奪い取りたい「岩人間」の都合のためだけに、豆銑親子は誇りも人生も命も踏みにじられたんですから。
ただ、ちょいと気になっちゃうのは、「17年前」というくだり。礼さんは今、31歳。17年前だから、14歳の時の話って事になります。う~む、それだとやっぱり第75話での過去話とは矛盾するんですよね。梨園を同業者達から守れなかった両親が許せず、礼さんは1人でスキー場に住み始めるワケですし。せめて14年前の17歳の時って事にしてくれれば……、憲助さんが初めてイチゴを買ってくれたおかげで、荒んだ心も少しは癒えて、両親と仲直りしたって解釈も出来るんだけど。で、親子でまた頑張り始めた矢先の「厄災」「不幸」って事に出来るんだけど。でも、ここまで過去との矛盾が多いとなると、先生も意図してあえてやっているんじゃないかって気にもなってくる。単なるミスなのか、大いなる布石なのか。


●院長の侮辱の言葉に怒り、礼さんはついに攻撃開始ッ!院長の首を掴む事に成功!そのまま指先カッターで院長を刺し貫……けたかと思ったら、宙を舞うのは礼さんの三つ編みおさげ髪。カッターは院長の顔のすぐ横の壁に突き刺さっただけ。院長も何が起こったのか戸惑いを見せています。
礼さんの腕や肩には、まるで小型の『クリーム』にガオンされちゃったかのような円形の穴がポッカリ空いていました。そして、そのそばに漂うのは「しゃぼん玉」。院長は全てを悟ります。「厄災」によって、定助が隠していた奥の手は引きずり出され、まんまと表に暴かれた。浮かんでいる「しゃぼん玉」のいくつかは、高速回転しているものが混じっている。もし院長が部屋に踏み込んで、定助を攻撃しようと近付いていったなら、この「高速回転玉」が当たって院長の体を削っていく。それこそが定助の策だったのです。なるほど、シンプルだけど納得。
ところが、その策で削られたのは、院長ではなく礼さんの方!なんと、頭まで削り取られ、穴が空いてしまっているではありませんか!血塗れで倒れる礼さん。コントロールしていたはずの「しゃぼん玉」が、礼さんを傷付ける手段に使われてしまった定助は大ショック。「石綿」で視界が遮られたせいで、コントロールが微妙に乱れてしまったのかもしれません。院長が自分の能力に不安になるくらい接近できたのにも関わらず、やはり「厄災」は礼さんの身に起きてしまった……。打つ手はもはや無いのでしょうか?院長は無敵なのでしょうか?


●大慌ての定助を制し、「続けろ」 「そのままそいつを倒せ」と呟く礼さん。そして彼は、さらなる事実を定助に告げるのでした。今、表に引きずり出されたものは「厄災」なんかではなく「幸運」だ、と。おまえはまだ、自分の「しゃぼん玉」の本当の姿に気付いていない、と。
一度しか言えないが、院長の前であえて言う、礼さんからのメッセージ。『誰もそれには気付いていない』 『誰にも それはスタンドでも見えていない』。そう告げると、自身の指先を紐状にして垂らし、それを徐々に回転させていきます。1本の紐が回転して球を形作る。そう……、礼さんだけが知る「しゃぼん玉」の本質。ただの浮かぶ「円」でも「玉」でもない。それは回転する「線」であり、振動する「紐」なのです。そして、礼さんがおもむろに自分の服を破き裂くと、ドテッ腹には一際大きな穴が空いていました。「そこにあるのは「回転」!それだけで…」 「その中に見えない「ヤツ」が……ある」。そんな礼さんの姿・言葉に衝撃を受ける定助と院長ッ!
これって……、「見えない」という点もヤバイけど、服は破けていないのにその中の肉体だけには穴を空けていたって点がもっとヤバくないですか?もし、「しゃぼん玉」になる前の柔らかい「線」「紐」を操れるのだとしたら、その細く小さな「線」を敵体内にこっそり忍び込ませ、それから回転させて肉体をポッカリ削り取る事も可能って事。礼さんの体内にはまだその「しゃぼん玉」が残っていて、自分の命と引き換えにしてでも、猫草の空気弾を発射する『キラークイーン』のように放って院長にもぶつけるつもりだったり?
―― どうあれ、雰囲気的に礼さんは死んでしまいそうだよな~。すぐそばに「LOCACACA 6251」が1本でも残ってたりしたら、それを飲んで治療も出来るかなぁ?でも、あれほどの大ケガ、「等価交換」だったらどっちみち死にそうですよね。仮に死を免れたとしても、意識が戻らないとか寝たきりとかになっちゃいそう。即、「新ロカカカ」使用者候補にエントリーです。そうなると逆に、誰を救って誰を見捨てるのか、という選択と決断が余計に重くなってくるから、アリってばアリな展開か。


●院長の「厄災」を打ち破れるかもしれない、謎多き不可視の「幸運の回転」……、いやさ、ここはあえて「ジョジョリオン」というタイトルにちなんで「福音の回転」とでも呼びたいところ。想像するに……、定助の「しゃぼん玉」がこの「福音の回転」に至った理由は、他でもない、院長の「厄災」ゆえでしょう。
定助は「しゃぼん玉」の正体に気付いてもおらず、コントロールしていたはずの「しゃぼん玉」すら把握し切れていない有り様です。彼自身の意志とは無関係の、単なる偶然の発生と考えるのが自然。ならば、その偶然はなぜ起こったか?礼さんを確実に始末できるほどの「厄災」を引き起こすために必要だったからです。ご存じの通り、礼さんは非常にしぶとく、易々と殺せる男ではありません。そのため、『ワンダー・オブ・U』の能力は、礼さんを限界まで院長に接近させ、「厄災」のエネルギーを極限に高めようとしました。彼の身の周りの環境で、「厄災」に最も利用できそうだったのが「しゃぼん玉」。結果、「しゃぼん玉」は礼さんの命を奪えるほどの「回転」に到達させられ、礼さんはそれに直撃してしまったってワケです。
つまり、礼さんにとっての「厄災」が、定助にとっての「幸運」となったのです。定助の能力を利用する院長の能力を、さらに定助が利用し返す形。禍福は糾える縄の如し。見る者や見る角度によっても、禍福は入れ替わってゆく。そして今、定助は自身の「しゃぼん玉」の本質を理解・認識し、偶然に生まれた「福音の回転」をこれから目の当たりにする事となります。即ち、自分の存在を、自分の力や魂や可能性を正しく知り、大きく成長するという事。そうなったら、自ずと「福音の回転」を体得し、自在に使いこなせるようになるはず!ただの超高速回転なのか、「黄金の回転」に準ずる回転なのか、はたまた、運の「流れ」を変えてしまうようなまったく別次元の回転なのか、その全容は未知の領域。しかし、たった1つだけ確かな事が言えます。終わりなき「厄災」を、終わらせる時が来たッ!


★今月は45ページ!4月号からはずっと45ページ以上の掲載が続いており、内容もグングン盛り上がってきて、読者としては嬉しい限りです。今回は礼さんの致命傷や、定助の「回転」発動など、衝撃展開の連続。しかし、表紙イラストとは裏腹に、康穂や東方家サイドは一切描かれず。う~ん、不穏だぜ。透龍くんがどう出て来るか。院長と透龍くんのダメージがリンクしているのなら、院長との戦いが康穂達にも大きな影響を及ぼすかもしれない。
作者コメントは「ZOOMってアプリでリモート導入しました!急に喋れなくなりました。」との事。新型コロナは荒木先生の仕事のスタイルをも変えてしまった模様です。編集者との打ち合わせや、アシさんへの指示などをZOOMでするんでしょうかね?新たな日常、慣れるまでは色々と大変そう。「キン肉マン」のゆでたまご先生も密を避け、デジタルを導入し、かなり苦労されているみたいだしなぁ。
……という事情も関係しているのか、来月は休載です。あ~、やっぱり。先月の予感的中。めっちゃイイところだから早く続きが読みたいけど、先生のご健康が第一です。まぁ、あれこれ考察や予想をしながら2ヶ月待ちましょう。24巻は10月発売になるのかな?夏じゃなく秋になっちゃいますね。





< 今月の1コマ >


出典:ウルトラジャンプ 9月号(2020年)
322ページ


今月は、「ダーダーダー」に襲われる定助を救出にやって来た礼さんのコマ。とにかく情報量が多い、なんとも不思議で奇妙なビジュアルです。
下は定助、上は「ダーダーダー」、右は院長、左は礼さん……と、四方にキャラが描かれ、天井にへばり付くヤツもいれば、壁にめり込んでるヤツもいる。自由すぎだろ(笑)。世界や絵の可能性の広さを感じずにはいられない、最高にイカれててイカしてる1コマでありました。




(追記)
礼さんの過去について、ついつい「矛盾」と言ってしまいましたが……、よくよく読み返して考えてみると、あながちそうでもないのかもしれません。第75話で語られた、両親が同業者からのイヤガラセで果樹園を失ったというエピソードは、具体的に「いつ」とは書かれていませんからね。となると、こう考える事が出来るワケです。

両親が同業者からのイヤガラセで果樹園を失ったのは、礼さんが14歳よりももっと若かった頃の出来事。まぁ、せいぜい12歳とかそこらだとは思いますが。で、両親の失敗を許せず、彼は家出。朽ちたスキー場のリフトに住み込んで、独自にフルーツ栽培を始めます。息子を心配した両親は、親しくしていた憲助さんに相談。憲助さんは直に礼少年に会いに行きました。これが2人の出逢い。そして礼少年は、憲助さんの人柄や思想・信念に感銘を受けるのです。もしかすると、彼にとっては、生まれて初めて出逢った「尊敬できる他人」だったのかも。両親への態度も徐々に軟化。両親は一念発起して梨園を再開し、礼少年もそれを手伝うようになりました。
礼少年が14歳の頃、梨園で害虫(実際は岩昆虫「ダーダーダー」)を発見。父親にそれを告げたところ、台風の日なのに様子を見に行き、そこで崖崩れに巻き込まれて死んでしまいました。葬式では、礼少年も憲助さんも院長の姿を目撃しています。豆銑家の「厄災」は続き、今度は母親が病死。せっかく親子で育ててきた梨園も、また失ってしまいました。院長達「岩人間」が梨園の素晴らしい土地を手に入れた時点で、ようやっと礼少年に降り掛かる「厄災」の流れはストップしたのかもしれませんね。
孤独になった礼少年は、以降、スキー場でフルーツの栽培と研究に専念。そして17歳の頃、ついに憲助さんに認められ、イチゴを買ってもらえたってワケです。それからは、憲助さん専属の一流果樹栽培師として働くようになったのでした。

―― こう考えれば、流れ的にはけっこう自然じゃないですか?うん、とりあえずはそういう事にしておこう!



(もうちょい追記)
定助の「しゃぼん玉」についても少々。第70話で明かされた通り、「しゃぼん玉」の本質とは「ひも」でした。当時の感想でも触れていますが、「超ひも理論」「超弦理論」が関わっているんじゃないかと予想。まぁ、私のようなアホ頭では到底理解など及ばぬ理論なので、詳しい方が読んだら「全然ちげーよ」と思われるかもしれません。でも、思い付いちゃったんで書きます。
そもそも「超ひも理論」とは……、この世の物質を構成する17の素粒子は、「点」ではなく、極小の「ひも」が振動・回転する事で作られてるよっていう理論(のはず)。たった1つのギターやバイオリンが、その弾き方によって様々な音色を奏でるようにね。で、素粒子の間には「電磁気力」「強い力」「弱い力」「重力」という4つの力が働いてるんですけど、どういうワケだか「重力」だけが異様に弱すぎるらしく、「超ひも理論」では「それじゃあ、「重力」だけが別の次元にも伝わってるせいって事にすりゃイイんじゃね?」と説明しているのです。この理論の上では、宇宙は11次元であるとされ……、我々が住み、知覚している4次元時空(3次元空間 + 時間)は、そんな高次元時空にへばり付いてる「膜 (ブレーン)」みたいなものに過ぎないそうですよ。
そんで重要なのは、「ひも」にも種類があるって事。数字の「1」のように両端がある「開いたひも」と、数字の「0」のように両端がくっ付いた「閉じたひも」。「開いたひも」は、その端っこが3次元空間に固定されて縛られ、「物質」になる。「閉じたひも」は、固定される端っこが無いもんだから自由に次元を超えて飛び回れ、「重力子」となって「重力」を生み出す。よう分からんけど、そんな感じっぽい。

以上の「超ひも理論」を前提とすると、「しゃぼん玉」の「ひも」にもまた、「開いたひも」と「閉じたひも」があるんじゃないかと思う次第です。
「開いたひも」は、これまで定助が使っていたもの。この3次元空間においてのみ存在していました。しかし、今回、礼さんを襲った不可視の「しゃぼん玉」……、これこそが「閉じたひも」だったのです。恐らく、院長の「厄災」のエネルギーのせいで「ひも」が偶然閉じられたんでしょう。その影響で「しゃぼん玉」は仮想的な「重力子」と化し、「重力」を発生。次元を超えて浮遊し、別次元にいる間は我々には認識できない存在となったワケです。だから誰にも見えなかったし、次元間を移動できるから、礼さんの衣服は通り抜けて肉体だけを傷付ける事も可能だったのです。
―― なんて予想はいかがでしょう?「しゃぼん玉」も一種の「膜」って事で、やっぱ「超ひも理論」の象徴的能力とも言えそうですよね。


もっとも……、この説明だけじゃあ、たかが「ひも」の両端がくっ付いたぐらいで「しゃぼん玉」の何が変わるってんだよ、と言いたくなる人もいる事でしょう。そこで、さらに突っ込んで考えてみました。『ソフト&ウェット』の能力とは、実は「しゃぼん玉」に何かを投影する能力なのかもしれない、と。「しゃぼん玉」とは、何かを投影するための「膜」なのかもしれない、と。
記憶も無く何も持たない最初の頃は、そんな定助の心の孤独や渇きを投影し、何かを「奪う」ための「しゃぼん玉」になっていました。自分の正体を知り、母:ホリーさんを救うという優しい目的を得てからは、何かを「包み込む」ための「しゃぼん玉」へと徐々に変化。また、強い攻撃や破壊の意志を投影すれば、物質を「爆破」するための「しゃぼん爆弾」も作り出せます。
「しゃぼん玉」の本質が「ひも」っつーのも、随分と唐突な印象でしたけど……、定助の半身:吉良の先祖であるジョニィから受け継いだ「回転」の力の残滓が、定助の成長に伴って無意識的に投影されたものだったりして。その結果、回転する事で初めて「球」になり得る「ひも」へと変化したのです。つまり、「ひも」じゃない普通の「しゃぼん玉」もある。むしろ、最近になって「ひも」の回転が使えるようになった。そんな風に思います。
そして、先に述べた「閉じたひも」による回転は、「超ひも理論」という仮説における宇宙モデルを「しゃぼん玉」に投影したがゆえの変化だったのです。それまでは自分自身の意志や精神、存在を投影していましたが、ここで急に大スケールかつ根源的なものを投影し始めました。これも、「厄災」という大規模な因果のエネルギーが関与したためなんでしょうね。そういった理屈で、「閉じたひも」の回転で作られた「しゃぼん玉」は、「重力子」になって次元をも超えられるようになるってワケです。次元を自由に漂う「しゃぼん玉」。




(2020年8月19日)
(2020年8月24日:追記)
(2020年8月26日:もうちょい追記)




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